精神科に行くことは甘えだと思っていた私は、うつ病を悪化させて苦労しました。

こんにちは、にぼしです。

最初に精神科を受診したのは15歳の頃。

高校での人間関係で悩んでおり、学校へ行こうとすると吐き気が酷くなってしまうという症状が現れ、受診しました。

当時の診断は統合失調症でしたが、すぐに通院を辞めてしまいます。

 

理由は精神科へ通院することに母が反対していたためです。

ご近所や世間の目が気になっていたようで、私への風当たりは酷いものでした。

誰にも相談できないまま、私はついに高校へは通えなくなってしまいました。

 

高校を中退後、通信制高校へ編入しなんとか卒業をします。

その後は環境が一変したことで次第に元気になり、アルバイトを始めることができました。

しかし、フラッシュバックというのでしょうか…当時の記憶を思い出しては落ち込むということを繰り返していました。

 

落ち込んだ時には自傷行為をし、自分を落ち着かせてやり過ごす、ということの繰り返しです。

この癖は現在でも治せていません。

また、とても元気な時には異性関係も派手になり、水商売を始めて金銭感覚も麻痺するという…。

 

今思えば、この頃から双極性障害を発症していたと思うような行動が目立つようになっていました。

そんな生活に自分でも薄々異変を感じてはいたものの、母からの無理解な発言によって

にぼし
精神科に行くことは甘え

と思っていたので、自力で生活をしてきました。

元気な時は働いて、落ち込んでいるときはニートという不安定な生活を現在に至るまで続けています。

 

 

成人後、落ち込みが今までより酷くなりました。

もう限界だと感じ、この時ようやく自ら精神科を受診します。

ですが、数回通うともう大丈夫!と思えてきて通院を辞めてしまいました。

  • 母からの「お前は精神病ではない、甘えだ」という言葉が頭に染みついてしまっていたこと
  • 安定剤で元気になったように思えたこと

これらの理由で。勝手に通院を中断してしまったのです。

 

それ以来、落ち込んだ時にだけ精神科へ受診し薬を処方してもらう生活を繰り返します。

医師からはきちんと通院するようにと言われていましたが、元気になってしまうと無敵になってしまうのがこの病気の悪いところですね…。

周囲も私がハイ状態になると

友達
なんだ、元気取り戻したじゃん!

という対応なので、そもそも病気だとは思ってもいなかったのだと思います。

「あなたは精神病ではない」と言われているように感じる環境も、影響していたのかな…。

 

「うつ病は甘え」と思っていた母を変えたきっかけ

そんな不安定な生活を送っていたある日のことでした。

交際していた彼との喧嘩が切欠で酷く落ち込んでしまい、精神的に情緒不安定になってしまいます。

にぼし

もう死ぬしかない

と思い込んで大量服薬をし、緊急搬送。

過去にも何度か大量服薬で搬送されていましたが、この時は相当な量を飲んでしまって危険な状態でした。

 

この事件で母は考え方が変わったようで、私に入院するよう諭します。

病院側も入院するよう説得してきましたが、私は周囲にバレてしまうことへの恐怖しか考えられずに断固拒否。

結局、その病院に通院をするという約束をし、話は落ち着きました。

 

しかし、ここでも例のごとく通院を自己中断してしまいます。

女性
もう元気になった!通院は必要ない!

という無敵感もありましたが、医師との関係が上手く築けないことにも原因があったと思います。

いつも途中で通院を辞めてしまうので、そういったことに不慣れだったのです。

 

彼氏の家で大量服用、医療保護入院扱いに

数か月後、通院を辞めて軽躁状態の私は現在の恋人と出会い、順風満帆な生活を送っていました。

ですが、やはり気分の落ち込みは避けて通ることができませんでした。

彼の自宅で再び大量服薬を試みてしまい、今度はまた別の病院に緊急搬送されます。

 

ここで私は医療保護入院をすることになりました。

医療保護入院とは患者の意思を問わず、強制的に入院させられるというものです。

また繰り返す危険性が高かったため、このような処置を受けました。

 

この時、私は26歳になっていました。

精神科医

今がにぼしさんにとって人生で大切な時になります

という医師の言葉が忘れられません。

 

ようやく、双極性障害の診断を受けた。

初めて精神科を受診してから約10年。

ようやく双極性障害と診断され、閉鎖病棟での生活を送ります。

閉鎖病棟と言っても中は一般病棟と変わりません。

 

少し違うのは、各部屋に監視カメラがついていることや、持ち物にかなりの制限があること、家族と一緒でないと病棟から出ることができないことなど。

携帯電話の持ち込みも禁止されていたので、電話は公衆電話を使用するのですが、私の場合は医師の許可が必要でした。

十分に休養することや刺激から守るという理由があってのことだったのですが、誰にも連絡を取れないということが非常に苦しかったです。

 

理解ある彼と、婚約を果たす

数か月後、入院生活を終えて彼と婚約します。

酷い現場を目撃したのにも関わらず、こんな私を貰ってくれるという彼に頭が上がりません。

彼は私の病気のことを真剣に考えてくれており、薬の管理をしてくれたり、一緒に通院をしてくれます。

 

相変わらず浮き沈みがあるので、仕事を始めたり辞めたりを繰り返しているのですが、それでも一緒に居てくれます。

母との確執があってしばらく家族という存在から遠のいてきた私ですが、彼との生活に新しい家族像を見出し始めることができています。

理解あるパートナーの存在の大きさ

ほっしーも、理解あるパートナーの存在が寛解に結びついたと考えています。

人間の悩みの大半が人間関係であることを考えると、パートナーの存在は大きいですよね。

8年続いてます! うつ病のひとが付き合える恋人の特徴9選

 

あなたに伝えたいこと「通院だけはしよう」

病院 通院拒否 悪化

私が精神的な症状に悩み始めてから12年。

長い間苦しみ続けている原因の一つに、自分がきちんと通院して治療を行わなかったことがあると思っています。

あの時にきちんと通院していれば、きちんと服薬をしていれば、こんなに長引かずに済んだかもしれません。

 

長い間癖になってしまっている自傷行為は、今でもたまに衝動に駆られてしまうことがあります。

その度に自分の心が傷つきますし、家族も傷つけることになります。

分かってはいるものの、長年に渡り癖がついてしまったものを治す為にはそれ相応の時間が必要だそうです。

 

これらも全て、私が通院を中断しなければ治っていたかもしれません。

現在も私は治療中ですが、という気持ちになる時期が定期的に訪れます。

女性
もう私は治った!病院は必要ない!

そんな時は家族が私を説得し、一緒に通院してくれています。

 

あなたにお伝えしたいのは、自分の判断だけで通院を辞めたり服薬を辞めたりしないでほしい、ということです。

私のように、時間を無駄にしてもらいたくはないと思い、今回この記事を書きました。

面倒な時、気分が乗らない時もあると思いますが、通院だけしておけば何かあった時に安心です。

 

ほっしーも断薬、通院拒否で失敗してます

にぼしさんのお話のさいごに

面倒な時、気分が乗らない時もあると思いますが、通院だけしておけば何かあった時に安心です。

という記述がありましたね。ここめっちゃ大事なのでもう一度書きました。

私ほっしーも、断薬と通院拒否を勝手に実行して失敗したんですよ。

躁状態のほっしー

いええええええい! うつ治ったー! 通院? もういいだろ? ウェーーーイイ!

躁状態になるとマジでこんな感じなので手がつけられなかっただろうなぁと今にしてみれば思いますw

断薬失敗談についてはいかにまとめているので、ご覧ください↓

レクサプロの断薬を精神科医の忠告を無視して勝手にやってみた結果…

 

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参考になる話がいっぱい! 精神疾患の体験談記事まとめ

 

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