双極性障害で死にたいと思った。でも、おかげで好きな仕事を見つけた。

どうも、ほっしー(@hossy_FE_AP)です。

最初はいやでいやでたまりませんでした。自分が精神疾患にかかるなんて。

ほっしー
うつ病は甘えだ!

と断言していた時代もありました。今思うと恥ずかしい話ですが。

 

働けなくなった自分、社会から必要とされていないと感じる自分に嫌気がさして、死にたい気持ちからなかなか逃れられませんでした。

逆に好きなことひたすらやったろ! 思ってからいろんなことに手を出し、回復してくるとともに、双極性障害になったおかげで見えてきたものもいっぱいあることに気が付きました。

今では双極性障害になってよかったんじゃないかとさえ思います。

 

 

双極性障害になって最初は死にたい気持ちが襲ってきた

ほっしー
あーそうか、精神疾患か。…休職を命じられちゃったな。終わりだな。

人生終わった感が強くて、逆に笑いながら両親や彼女に電話したことを今でも覚えています。

関係各位に報告の電話を入れたあと、電車に飛び込んだろうかと1時間ぐらいホームに突っ立っていました。

 

記憶があいまいなまま自宅に戻った私は、そのあと文字通り死んだような生活を送ります。

ほどなくして上司が心配して家に来て、やせ細った私の体を見て危機感を覚え、名古屋から実家のある福岡へ強制送還。

体重は65kgから52kgへ激やせしていました。

 

当時の診断書:うつ病という表記になってます

精神科医が事情を考慮してうつ病と表記する場合もある

双極性障害や躁うつ病ではよくわからないから書き直してもらってと言われる事例もあるそうです。

なんじゃそりゃって感じですが、私の主治医はそういう背景からうつ病と表記していると説明してくれました。

 

双極性障害になってよかったと今では思える理由

1.精神疾患という新しいジャンルの人脈が広がった

双極性障害について知るには、その道のプロやすでに病歴の長い先輩方の話を聞くのが一番だと考えました。

Twitterでアカウント(@hossy_FE_AP)を作成し、双極性障害の方を中心にフォローしていき、

日々のライフログの記録とともに、同じ病気で悩んでいる方はどんな薬を服用されているのか?どんな生活をしているのか?自分と比べて症状はどうか?などを比較検討していきました。

 

Twitterの画像

 

この作業は私にとって新鮮なものでした。同じ病気でもこうも違うのか!?と驚きの連続です。

さらに、今までの人間関係の構築の仕方とはまた違い、年齢も立場も様々な方と触れ合えました。

今までの私はどちらかというと、自分のキャリアアップにつながらそうな人とは関わらない人間だったんですよ。

 

凝り固まって保守的な考えだったなぁ…。

年齢や立場関係なく、Twitterで忌憚のない意見交換をすると「はっ!」とさせられることがあります。

私を「はっ!」とさせる人が15歳とかだったりするので、インターネットとは恐ろしくも面白い世界です。

 

2.精神論者から脱することができた

ほっしー
効率効率効率!俺はできる俺はできる!お前は何サボってんだ!おい!

恐ろしいことに、本当にこんな性格をしていました。

いや、性格というかもう昔から発病していたと考えるほうが自然かもしれませんね。

 

このような精神論的な生活を送るのは本当に苦労しました。

私自身、精神的にとても弱い人間なので、自分がミスした時に絶対に許せないって思ってたんです。

このミスによってお前のキャリアは…といつも自分を責めていました。たいしてキャリアパスなど想像できてもいなかったのに。

 

病気になってからは、時間はかかりましたが少しずつ少しずつ、別に完璧じゃなくたっていいんだって思えるようになりましたね。

そうなると、自分から見て優秀ではない人に対しても優しく接することができるようになります。

そもそも、人を仕事ができるできないで優劣をつけるという行為がいかに失礼で、敬意を欠いた行為であるかというのは当時の私には想像ができませんでした。想像しようともしませんでした。

 

完璧ではない自分を許すことで、他人に対してこんなにも優しく接することができる自分に驚きです。

これは双極性障害にならなければわからないことでした。今まで自分を許すなんて絶対にできなかったので。

 

3.双極性障害を活かした仕事を探してみると、その仕事に没頭している自分に気づいた

ブログ

働いていた職場のキャリアパスが見えにくく、何年も我慢してやっと行きたい部署に行けると言われたこともとてもストレスでした。

ゆとり乙と言われればそれまでですが、やりたい仕事するのになんで何年も我慢せないかんの!というのが本音です。

自分でも不思議ですが、精神論者でしたといっておきながら、自分のやりたいことができないのはすごくストレスで我慢なりません…。

 

ただの自己中でわがままなだけかもしれませんがw

私にとってはつらいことなんです。

何年もやりたくないことをやり続け、自分のやりたい仕事が回ってくるまで待つなんてそんなのできない。

 

双極性障害となって、どん底のうつ生活を味わったあと再就職についていろいろと情報を集めました。

以前は、システムエンジニアとして働いていたので、またその世界へ戻るつもりで、学校に顔を出したりもしたんですよ。

しかし、どうにも戻りたいという気持ちが湧いてこない。

 

私の知っているシステムエンジニアとしての世界というのは、プログラミングをする時間がほとんどなく、お客さんとの打ち合わせ、文書作成ばかり。

そしてその文書も決められた書式を守って…とがんじがらめな仕事です。

それはそれで立派な仕事ですが、自由でクリエイティブな職業を想像していたので、絶望しました。

 

ほっしー
またあんな無意味な文章を書き続けるのか?というか…プログラミング大好きなのか?俺…時間を忘れるほどプログラミングやってるか?

そう考えるうちに、向き不向きはわからないけど、そもそもプログラミングが好きなんじゃなくて、自由に働けそうな環境が好きなんじゃないかと気づきました。

 

自由に働ける環境なら、家で仕事すればいいのでは?

では、自分が本当に好きなことってなんだろう?と改めて考えることにしました。

ほっしー
どうせこのまま再就職したって、自由じゃない! なんていってまたうつ再発するんだろうな~w

わがままな私は、だったら好きな仕事を見つけよう! と思ったんです。

 

で、今やってる好きなことってなんだ? と考えた時に、ネット上に自分の意見をぶちまけることでした。

そのとき、毎日Twitterで自分の想いをぶちまけて反応をもらえるのが楽しかったんですよ。

 

ほっしー
あ、それなら、書き手になるか。楽しそう。

そんな軽い気持ちでブログ書きながらお仕事もらって食ってこうと思ったんです。

自分から書かせてください! とお願いするサービスはクラウドソーシングを使ってました。月3万ぐらいなら余裕でしたね。

 

私がブログに本気になった理由は家族の否定され、憧れの人に褒められたから

 

意を決して、母にライティングで生きていきたいと述べた時のことです。母親は全否定しました。

後日聞いた話では、父もあまり肯定的な態度は見せなかったそうです。

無理もありません。時代が違いますから理解できないのも仕方ないだろうと思います。

ただ、やはり家族である以上、どこかで応援してほしいという気持ちがあったのも事実です。

 

しかし、それは甘えなんじゃないかとあとで思いなおしました。

たいした結果も出してないのに、偉そうなことは語れないよね。という話。

結婚して家族養っていけるぐらい稼いでもう一度両親に突撃してやる!とモチベーションに変わりました。

 

ここで腐らずに続けていてよかった。

当時も今もブロガーとして目が離せないイケダハヤトさんに面白いと言っていただけたんですよ。

このときは単細胞な自分に感謝しました(笑)

ほっしー
あ、この道で間違ってなかったんだ

と確信できたからです。

 

中学生の頃にPCを買い与えられ、個人ニュースサイト「nubonba」を運営。中学生は暇なので一日4回くらい更新を続けてたら月間50万PVくらいのサイトになって「ネットランナー」で連載を持つことになりました。

高校生の頃はもっぱら打楽器をひたすら叩きまくっていました。今でも心は楽器オタクです。

大学生になり、楽器を続けつつ、芸術にのめり込みました。4年間、映画、音楽、文学、絵画、などをひたすら楽しみまくっていました。

2009年に大手半導体メーカーに入社するも、入社した月に合併が決定。いきなり沈み行く船に乗ってしまいました…。

ブログをきっかけに知り合ったトライバルメディアハウスの代表、池田紀行さんに誘われ、2010年3月に転職。ソーシャルメディアコンサル事業を立ち上げ。

2011年4月、NPO支援、ライター活動により多くの時間を割きたくなり、フリーランスに転向。

2012年4月からは、育児に時間を割くべく「プロブロガー」というキャリアへ。

2014年6月に高知県に移住。東京から離れて、楽しく暮らしています。

引用:まだ東京で消耗してるの? よりイケダハヤトさんのプロフィールページ

ありがたいことにイケダハヤトさんのイケハヤ書房から本を出版させていただくことにもなったんですよ。

 

今ではブログを通じて法人からお仕事を頂いて、メディア運営なんかを手伝ってます。

パソコン1台あればどこでも仕事ができるので、精神的に調子が悪いときでもベッドで仕事できるのは本当にありがたいことです。

どこでも仕事ができるありがたみ

でもまたいつ体調が悪くなるかわかりません。

稼いだお金の一部は将来のリスクに備えて投資に回しています。

お金を増やすだけでなく、守るという意味でも投資って必要なんですよね。

だって、日本円がいつまでも安全とは限らないじゃないですか。

ただ、知識はないので、ノーベル賞を受賞したアルゴリズムを採用しているロボアドバイザーに一任してます。

ウェルスナビを使うメリットと口座開設の手順を画像つきで説明

 

4.双極性障害になって自分に真剣に向き合う時間が増えた

私がいまの仕事を見つけたことも双極性障害となって、自分と向き合う時間が増えたからです。

自分と真剣に向き合う時間を確保すると、自分が何を求めているのか、本当はどうやって生きていきたいのかが分かります。

 

よく就職活動で自己分析が大事なんていいますけど、本当にそうかもしれませんね。

ただ、就職活動のときにした自己分析とは量も質も違いました。

そりゃそうですよ…病気が少し良くなってきて、自分が天職だと思っていたシステムエンジニアが本当はあまり好きじゃないと気づいたとき、さてどうやって生きて行こうと真剣に悩むわけですからね(笑)

 

双極性障害は気分が上下する病気ですから、自分と向き合うことはとても大事な作業になるんです。

普通のうつ病のひととは違って、躁状態になると他人に迷惑をかけてしまいますからね。

 

5.双極性障害だからこそ? 物事を深く考えるようになった

これはライティングをしているということもあるでしょう。いろんなところにネタが転がっているので、アンテナは敏感にしておかねばなりません。

また、いろんな切り口で書こうとすると、凝り固まった考えではだめなので興味のないジャンルの記事を読んだりもします。

例えば、ファッションや料理などはあまり興味がありませんが一応、目は通しています。

 

自分自身に対しても深く深く追及するようになりました。

ときにそれが危険な行為(躁状態へ移行)することもあります。

そこはなんとかコントロールしようと客観的に自分を見るようにしたり、フォロワーさんに意見を仰いだり、書き出して情報を整理したりしています。

 

書き出して情報を整理することは誰にとっても効果的だと思いますよ。視覚的に物事を俯瞰できるので。

書き出す先はTwitterでもブログでも紙でも何でもいいです。あとから見返してみてください。

ほっしー
あーこんなこと考えてたのね…。そういえば解決しちゃってるなぁ。

 

と、思えるはずですし、過去の自分に救われることがあります。

 

6.双極性障害を中心に、本をたくさん読むようになった

双極性障害の本

単純に時間がたくさんできたので時間つぶしのために読み始めたようなものです。

本は大学の時からちょこちょこ読んでましたけど、最近は1日に1冊は読むので、読書量はかなり増えたと思います。

双極性障害の本を読んでから、自分をコントロールするヒントをもらえました。

 

仕事にも読書は有効。自分で情報を収集するだけでは、さすがに限界がある。

単純にネタ切れになったりしますし、いつも同じような切り口の記事になってしまうことも…。

ときには外部から刺激を取り込みます。外部からの刺激は読書が最も効果的。

 

本を読むことは旅することに似ている気がします。

まったく知らない世界に自分が足を踏み入れるわけですね。

1000円そこそこで旅行にこれたと思うとやっすいもんですよね。しかも帰ろうと思えばいつでも現実に帰ってこれます。

 

7.双極性障害となったことで、小さな幸せに気づくようになった

 

幸せの形はひとそれぞれ。

健康で精神論者だった時代の私は、富や名声といった誰もがうらやむ成功が幸せだと思っていました。

でも、意識してみると意外とそこらじゅうに幸せってあるんですよ。

2017年の元旦に、改めて自分が幸せであることに私は気づかされました。

 

ふと、思ったんですよ。

いくら元旦でちょっと豪華なご飯とはいえ、おいしく食事できるのってありがたいよな〜と。

今年の3月でもう28歳。年ですかねぇ(笑)

 

で、幸せついでに精神疾患になって実家に帰ってきたことを思い出してみると、

精神疾患になってつらいこと多くて家族に迷惑かけてきたけど、こうやって自分を捨てないで置いてくれるのはなんて幸せなことなんだろう。ありがたいなぁ。

と、改めて思ったんですよ。

 

ええ、自分でもくっせぇ! とは思いました。

でもですよ! いくら親だからとは言え、27にもなる息子がうつになって帰ってきて部屋も用意してくれて暖かい布団で眠ることができている。

すごいことですよね。もし自分に子どもができたらこんなことできんだろうか。

 

引用:うつで自分だけが不幸? その考えを直したいなら1つだけ意識してみて。

 

今この瞬間にある幸せに感謝することなんて、精神疾患になる前は気が付きませんでした。

極論言えば、日本に生まれただけでも世界的に見れば幸せなことなんでしょうしね。

実際に幸せを感じ取ってみると、結果を出したから幸せなんじゃなくて、幸せを感じるから幸せなんだなって思います。

 

幸せを感じるから幸せという考え方は、めちゃくちゃ大事なんですよ。

精神疾患になった以上、上ばっか見てたらつらいだけですからね。

現状の良い部分にも目を向ける訓練にもなるので、ぜひ近くの幸せを見つけてみてください。

ちょこちゃん不思議がお

我が家のわんこも幸せの象徴

 

双極性障害になってよかったと思います

双極性障害はわからないことが多く、確定するまでに平均9年かかる病気だというデータもあります。

アメリカで行われた研究によりますと、病名が確定するには、平均八年を要したというデータがあります。

長すぎると思われる方もおられるでしょう。

引用:双極性障害 __躁うつ病への対処と治療

 

なので、私が双極性障害なのかどうかも実は定かではありません。

冬季うつ病の可能性もあると言われていますし、最初に診断を受けた時は単に適応障害かな?とも言われました。

でも病気になって本当にやりたいこと、自分がどうやって生きていくのか改めて考えるきっかけになりました。

 

確かに最初は受け入れられないんですよ。

今でもうつ状態になったときは健康だったときの自分がうらやましく思えることもあります。

でも、精神疾患は長く付き合っていかなければならないんですよ。

 

この病気は、完治はなく、寛解を目指すものだと言われています。

今はまだ治療法が確立されていないので仕方ありません。

 

健康になるための希望は捨ててはいけませんがある程度はあきらめなければならないこともあります。

例えば私には怒鳴られまくる営業職なんてのは絶対に無理ですよ。昔はできたのかもしれませんが。

できないことではなく、できることに目を向けると道は開けるものです。

 

すごくポジティブにとらえれば、すごく好きな仕事を遠慮なく選べる立場なんですよ、私は。

精神疾患になったことで、サラリーマン正社員としての道がある意味で絶たれているわけです。

健常者よりも夢を追いかえるリスクはありませんw 失うものはないしw

 

極端な例ですが、こうやって頭を切り替えればちょっとは生きるのが楽になるかもしれませんよ。

あなたらしい双極性障害との生き方を見つけてください。

きっとあるはずです。

 

Kindle Paperwhite