双極性障害で仕事辞めたいと思いつつも、躁状態が役に立った話

どうも、ほっしーです。

今回はコロッケさんに寄稿いただきました。

双極性障害のような一見「地獄」とも思える症状でも、その中に希望を見出し働く姿は勇気づけられます。

それでは、どうぞ!

 

 

私は双極性障害のようです。

父が自殺し、それがきっかけで、胃痛・不眠・うつ状態と病気もぐらたたき状態に陥りました。

その後身体的な病気にかかり、病気の治療のためにステロイドの化学療法を受けたら、それをきっかけにして、本格的なメンヘラに。

最初はひどいウツだと思っていたのですが、なかなか治らず。

医師に「双極じゃ?」と言ってみたこともあったのですが、抗うつ剤が効かないわけじゃない、躁転するわけじゃない、ということで、診断はうつのまま数年が経過。

その間飲んでた薬は、主に三環系でした。

  • トフラニール
  • アナフラニール
  • トリプタノール
  • なんちゃらニール系
アナフラニールの点滴なんちゅーのもやりましたね。これは全然効きませんでしたけど。

リフレックスとサインバルタなんちゅー組み合わせもありました。なんちゃらロケット燃料。

あるとき、鬱に陥り、休職。 復職したら、今度は躁。

あ~やっぱり双極性か! ってことになり、双極ふらふら、現在に至ります。

 

父が自殺したのは、実は父が人知れず双極性障害を背負っていたからかもしれません。

でも、父は精神科を受診したことはなく、いまさら確かめるすべはないんですが。

これが私の鬱の闇を深くしてしまうんですけどねぇ…。

多少確かめる材料になるのは、娘である私が双極性障害らしいということです。

遺伝説はよく言われるのですが、まだよく分かっていないのが現状です。

双極性障害は遺伝する病気なの? 遺伝病とは言えないのでそんなに心配しないで。

 

父の死は衝撃的で、病気もぐらたたきのきっかけとなっています。

でも、双極性障害の引き金になったのは、化学療法の副作用。

父の死は、あくまでもその遠因だということのよう。 よくわかんないんですけどね。

先生 学校 生徒

私は教育関係の仕事をしています。

保護者
え!?うちの子の担任の先生がメンヘラですって!?

そうなんですよ、お母さん。私、メンヘラ。

コロッケさん
んなこと、いうわけないないな~~~い。

保護者にはひた隠しにしなきゃな日々。 寛解目指して、ふらふらなんとかやっています。

一応、中間管理職だったりしますのよ。

病気になったら、人の弱さがわかるようになった、といった話はよく聞きます。

私もそうです。少しは何かを学んだとは思ってます。

でも今回は、もう少し機能的な話といいますか、具体的に役に立ったという話をします。

 

1.私の双極性障害の症状について

うつ病は地獄

私はラピットサイクラーではなく、一年で1回ずつ、躁と鬱がきます。 自分では、ビッグウェーバーなどと呼んでいます。

双極性障害になったことで、生活にも仕事にも様々な支障があり、大変な苦しみを味わうことが多いです。

なので、全般的には、双極性障害になってよかったなどとはもちろん思っていません。

 

躁と鬱の辛さの内容は違いますが、辛いのは、どっちも地獄。

うつは地獄の10丁目、躁は地獄の番外地などと私は言ってます。

フラットでも、毎日リーマス・デパゲン・セロクエル、その他いくつもの薬をぶち込んでいますから、副作用も辛いですね。

なので、辛いことばかりに目が行ってしまいますが、よく考えてみると良いこともあったんです。

 

2.病気になる前からの仕事の悩み、なんと子供が好きではない

私は健康なときから子供を育てる仕事をしています。

その仕事は私が好んで就いたものではありません。

仕事に就いて間もない頃から自分に全く適性がないことを実感し、周囲の職員の皆さんとのギャップを感じて劣等感に苦しむ年月を過ごしていました。

 

私は若い頃から子供好きではありません。

他の職員のみなさんは、子供が心から好きでこの仕事に就いた方々ばかりなので、職場の人たちとの違いに苦しみました。

話や価値観についていけず、かといって打ち明けたところで誰も私を助けることは出来ませんでした。

 

また、実際に仕事にも差し障っていました。

私は子供の気持ちが分からず、他の職員のように子どもたちに寄り添うことができませんでした。

特に、気持ちをわかってあげられなくて困ったのは、発達に障害のある子供たちです。

子供の心ががなぜこんなにこじれるのか、理解不能な行動を起こすのか。

それがわからず、心がこじれた子供をどうにもしてやることが出来ずに、誰か他の職員が通りかかるのを待つしかありませんでした。

 

通りかかった職員は、そんなこじれた子どもに適切な援助をして、すっと立ち直らせてあげることができるのでした。

そんならさっさと転職すれば?と思われるかもしれませんが、この仕事はちょっと特殊で、あまりお得な仕事でもなく、人がやりたがらない仕事だったりします。

つまり、なり手がいないので、私のようなものでも、退職すると職場が大変困るのです。

退職を試みようとしたこともありましたが、いろんな事情で、できませんでした。

 

3.ある時、双極性障害になった

イラスト 女 双極性障害

そんな状態で、でも辞める踏ん切りがつかないまま15年経ったとき、父が自殺し、その後あれこれ病気になって、最後に双極性障害になりました。

病勢が強く、まともに仕事ができないことが多くなりました。 でも仕事のポストはあてがわれてしまう。

辛いよ~といっても、どれだけ辛いかはわからないだろうし。

それに、辛いよ~と自分のことを伝えるエネルギーそのものが枯渇するのがこの病気っしょ。

だいたい私は中間管理職。何か免除してもらえるような立場ではないのです。私が何かを免除してあげる方の立場なんです。 休職でもしない限りは、これは仕方がない。

 

もともと苦手な仕事だというのに、なんということでしょう。

ああ、もっと若い頃にさっさと転職して、このポストはもっと有能な人に就いてもらうべきだったのでは。

コロッケさん
でも、今さらそういうわけにもいかないよぉ~

それで、仕方がないので、私は、仕事をしているふりをする、人に迷惑をかける、休職する、劇うつの中で退職を考えなければならない状況に陥るなど、様々な危機がありました。

そんな中で、職員のみなさんには本当に助けていただいたのだと思います。

でも、それは今に始まったことではなく、仕事が苦手でうまくできない私をいろんな形でサポートし続けてくださっていたその延長にあることなんだろうと思います。

 

4.思ってもみなかったよい出来事…躁状態が教えてくれた。

そんな中、双極性障害になって良かったこともあるということに気づきました。

躁状態が高まっていく途中、私は今まで決してわからなかった子供の気持ちに楽々と共感している自分に気づいたんです。

子供と一緒に心を合わせて遊ぶ、一緒に生活することがとても楽しく価値があることに思えました。

コロッケさん
何故こんなことが今までできなかったんだろう?

他にも、いつもなら練習に苦労するピアノの曲が、やすやすと弾けるようになる、簡単な作曲もしちゃう、という副産物もあります。

もちろんそのうちうつになると、この能力はなくなってしまいます。元通りの役に立たない職員になります。

でもフラットな時、私は躁状態で子供達に共感できた自分を思い出します。 それを繰り返すうちに、子どもの気持ちに共感するコツのようなものが私に身についてきました。

 

コツというものは、フラットな時なら、大いに役立ちます。これは長年のコンプレックスを根本から変えました。

コロッケさん
神さま、私をクビにしてください、そうじゃないなら、仕事に必要な最低限の力、子供をかわいいと、感じ、子供の気持ちを理解できるようにして下さい。

これが私の長年の祈りでした。 いま、こんな形で、私の祈りは、叶ったことになります。

これはおそらく双極性障害の躁状態によって共感性が異常に上昇したことによるものだと思います。

それは病的な経験ですが、しかしそれを利用してはいけないということはなかろうということです。

これが双極性障害になってよかったと思う私の経験。 子供の気持ちが普通にわかる職員になりたいというのは、私の悲願だったのですから。

 

5.これからのこと~双極性障害と共に歩むイメージ

瞑想

今、私は、以前ほど仕事が苦痛ではありません。

この病気では職場で責任ある仕事をすることなど、到底無理だと思っていました。

でも今、子供の気持ちを知って、適切に援助できることには大きな喜びとやりがいを感じます。

 

ちなみに、今は薬によってどうにか仕事を続けている状況です。

この病気は何と言ってもウエ~~~~ブですので、よい状態のときには大丈夫で、だめなときには本当に悲惨です。

ウエーブを小さくするのに薬が役に立っているんですって。

 

毎年5月から先は鬱に陥るので、今は不気味な気持ちで鬱を待ち受けている状態ですが、今年はまだ鬱がやってきていません。

このまま寛解状態に持っていくことができるのでしょうか?

それとも、毎年行っているように、地獄の中で懇談会だの運動会だのを引っ張っていくことになるのでしょうか?

それは誰にもわかりません。

 

双極の波は逃れられないけど、あれこれ薬を飲み、コツを思い出しながらぼちぼちやっていこうと思っています。

こつがわからないままの鬱よりは、わかっている鬱の方が、まだましでしょうからね。

それと、やっぱりダメなら退職したって大したことないや、というハラが決まったように思いますよ。

ほっしーさんのブログを読めば、そのコツがわかるようになってるじゃないですか。

 

ほっしーから一言

私も病と戦いながら仕事をしているので気持ちはわかります。

私はとても、多くの人と関わるような仕事は向いていないと考えているので、すごいなぁ…と素直に尊敬しますね。

うつフリーランスの私が語る! うつ病に向いている仕事のジャンル4選

 

躁状態の経験が役に立つこともある。というのは面白い視点。

どちらかと言えば、普段は人と会いたがらない私ですが、躁状態のときはめちゃくちゃ人と絡みます。

なんとなく気乗りしない時でも、そのときのことを思い出して接しているのかもしれないなぁ…と思い起こされましたw

 

あたりまえですが、躁もうつも「地獄」であることに変わりはありません。

地獄でも上を向けば、一本の蜘蛛の糸が垂れている可能性もあるってことです。

 

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イラスト 女 双極性障害