双極性障害(躁うつ病)の有名人まとめ【国内、海外総勢37名】

どうも、ほっしーです。

あなた
双極性障害の有名人ってどういう人がいるんだろう?

そう考えたことはありませんか?

精神疾患になると病気を受け入れるまで時間がかかるものです。

 

有名な人も同じ病気だ! と分かればちょっと勇気がわきます。

しかも双極性障害のひとは類稀なる才能を発揮した人物が多い。

有名人を知ることで、ちょっと自信をつけちゃいましょw

 

国内編と海外編に分けて紹介!

気になる人がいれば目次をクリック(タップ)してもらえばその項目に飛ぶことができます。

そもそも双極性障害とはなんぞや?という方は以下のページを参考にしてください。

 

もくじ

 

国内編

北杜夫(きたもりお:小説家)

北 杜夫(きた もりお、本名:斎藤 宗吉(さいとう そうきち)、1927年5月1日 – 2011年10月24日)は、日本の小説家、エッセイスト、精神科医、医学博士。

祖父は医師で政治家の斎藤紀一。父は紀一の養子で、歌人で医師の斎藤茂吉。兄はエッセイストで精神科医の斎藤茂太。娘はエッセイストの斎藤由香。

引用:Wikipedia

 

北杜夫氏は、激しい躁に翻弄された体験をもち、双極性Ⅰ型障害と考えられる。

北氏は、躁状態のときは、朝早くから起きて、慌ただしく株式の売買を繰り返し、うつ状態のときには、夕方まで寝ていたという。

株式投資で大損し、預金も底をついて、お嬢さんのお年玉にまで手をつけることもあったと、愛嬢の斎藤由香氏は語っている。あるときは、躁状態が嵩じて、テレビのリモコンに齧りつこうとしていた。

ぼうっとして反応もないので、脳出血でも起こしたのかと、家族が大あわてで、救急車を呼ぶと、運悪く救急車が出払っていたため、消防車が来たという。

ところが、病院に行く間に、我に返ったらしく、また大いに元気になって、救急隊員を相手に、「俺様は、世界で一番の躁うつ病で、そのへんのやぶ医者には治せない」と大演説をぶっていたという。

その間の様子は、『パパは楽しい躁うつ病』で語られている。本人も、家族も、病気に振り回される状況は相当に深刻であったと思われるが、家族の愛情深い眼差しに救いを感じる。

引用:うつと気分障害

 

症状から見ると、双極性障害1型なのではないかと思わされますね。

あまりに躁エピソードが激しい。また、世界で一番の躁うつ病とは大げさな表現に見えますが……

リモコンにかじりつくといった行為はかなり認知機能が低下していると考えられるので、家族も振り回されて大変だったことが容易に想像できます。

 

 

マンボウ雑学記には「躁鬱について」というご自身の体験をのせたエッセイがあります。

双極性障害の方はご一読あれ!

 

中島らも(なかじまらも:随筆家)

中島 らも(なかじま らも、1952年4月3日 – 2004年7月26日)は、兵庫県尼崎市出身の小説家、劇作家、随筆家、広告プランナー、放送作家、ラジオパーソナリティ、ミュージシャン。

本名は中島 裕之(なかじま ゆうし)。 広告代理店社員のコピーライターとしてキャリアをスタートさせ、劇団・笑殺軍団リリパットアーミーを主宰し、俳優としても活動したほか、自主的団体「全国まずいもの連盟」会長を自称した。

引用:Wikipedia

 

 

この本は、双極性障害とアルコール依存症を患いながらも仕事と遊びを精一杯楽しんだ中島らも氏の生涯が記されています。

健常者の方が見ると、こいつは天才じゃねぇか!?と思うかもしれません(笑)

わたしもライター業を営む中で、躁状態になると半端じゃない力を発揮するので、なんとなくわかりますね…w

彼のように良い意味で躁を利用できる人はそういないと思いますが…。

躁状態は注意散漫にもなるので、だいたいが中途半端な感じに終わってしまいます。

 

双極性障害(躁うつ病)のエッセイ。病気を抱えて生きるノウハウがつめ込まれた1冊

2016.06.14

 

竹脇無我(たけわきむが:俳優)

 

竹脇 無我(たけわき むが、1944年2月17日 – 2011年8月21日)は、日本の俳優。本名同じ。 千葉県我孫子市出身。石原プロモーション、タケワキプロダクション、イザワオフィスを経てアクターズ・セブンに所属していた。

引用:Wikipedia

 

穏やかで、知的で二枚目の俳優 竹脇無我氏がうつ病(双極性障害)になっていたと知ったのは平成15年7月に発刊された竹脇無我著「凄絶な生還――うつ病になってよかった」(マキノ出版)を読んでからです。テレビドラマで見ていた竹脇氏は穏やかで、無理をすることも無い、激することも無い役柄を見ていただけにうつ病になることは考えもできませんでした。

引用:不安・うつの力(ⅩⅦ)

 

引用したページは病院の先生が書いているので間違いなく双極性障害なんでしょうけど……。

昔の人は、双極性障害とは言わずにうつ病にひとくくりにしていたような節があります。

 

それは当時、双極性障害が「躁うつ病」と呼ばれ混同されたことにも関係があるでしょうし、「躁うつ病」って言っても理解してもらえなかったのかもしれません。

本も売れなければならないので……。

 

実際に本を手にとってみると、こんな記述がありました。

うつ病には、気分が落ち込む「うつ状態」が続く一般的なタイプのほかに、「うつ状態」と気分が高揚しすぎる「躁状態」を交互に繰り返す「躁うつ病」タイプがあるという。

それまで、よくわかっていなかったが、僕の場合は後者だったのだ。

やはり、双極性障害でしたね。

 

彼のうつ状態のときに舞台に上がっている写真なんかも掲載されているので、資料としてとても価値のあるものです。

レビューも書いたので、よかったら参考にどうぞ。

 

 

太宰治(だざいおさむ:小説家)

太宰 治(だざい おさむ、1909年(明治42年)6月19日 – 1948年(昭和23年)6月13日)は、日本の小説家である。本名、津島 修治(つしま しゅうじ)。1936年(昭和11年)に最初の作品集『晩年』を刊行し、1948年(昭和23年)に山崎富栄と共に玉川上水で入水自殺を完遂させた。

主な作品に『走れメロス』『津軽』『お伽草紙』『斜陽』『人間失格』。その作風から坂口安吾、織田作之助、石川淳らとともに新戯作派、無頼派と称された。

引用:Wikipedia

 

彼の場合はほとんど説明はいらないでしょう。皆さんご存知ですよね。

苦悩のあまり、最後は奥さんと入水自殺を図りました。奥さんに殺された後、奥さんは入水自殺したとする話もあるようです。

 

Kindleのみですが、全作品を網羅したものがあるのでこれは手に入れておきましょう。

私も少し読みますが、この方かなり暗いです!(笑)

ここまで心の内側のもやもやした部分を言語化できるのはすごいなぁと感心させられますね。

 

 

高島忠夫(たかしまただお:タレント)

 

高島 忠夫(たかしま ただお、男性、1930年7月27日 – )は、日本のタレント・俳優・司会者である。本名は高嶋忠夫(読み同じ)。所属事務所は東宝芸能。

引用:Wikipedia

 

高島忠夫「うつ病を克服しようと焦らず、気長につきあっていこうと思ってます。」

2017.04.20

 

高島忠夫さんも長らくうつで苦しんだ方として有名です。

個人的見解ですが、うつ病を躁鬱病とする理由はない。そして、躁鬱病をうつ病としときたい理由はありえる。

1.躁鬱病は人数が少ないし、うつ病としたほうが興味を示す人数が多く、数字を取れる。同情もしやすい。

2.躁鬱病の躁エピソードは醜態をさらしてることが多いので、隠したいという高島サイドor製作サイドの思い

しかしですよ。

話中にときおり出てくる医師。うつ病について、まぁうつ病の人にとっては常識的なことをもっともらしく話す人たち。

高島忠夫は躁鬱病なんだから、躁鬱病について語れよ!

うつ病と躁鬱病の優劣なんて全く思ってないけど、これは病名詐称だ。

引用:躁うつ病で気分が上がったり下がったりでgdgd

 

このブログの著者は高島忠夫さんの本を読んで感想を書いています。

この指摘は面白いですねw

 

確かにテレビで語る場合は双極性障害よりもうつ病といったほうがいいのかもしれません。

私もNEWSZEROにVTRで出演した際には、「うつ病」として出ることになりましたからね。

 

ちなみに、高島忠夫さんを知らなくても息子さんならあなたも知っているかもしれません。

 

 

小川宏(おがわひろし:アナウンサー)

小川 宏(おがわ ひろし、1926年4月17日 – )は、東京都墨田区出身のフリーアナウンサー・司会者。NHKの元アナウンサー。

引用:Wikipedia

彼はうつ病として有名ですが、体験記を読むと双極性障害2型の可能性のほうが高いです。

外に出て大声で叫んじゃうとかね。 うつ病の人はそんなエネルギーないでしょう…w

躁状態のなせる技です。

それに、ネットで検索してみても双極性障害のカテゴリーに入ってることが多いんですよ。

 

本自体はすごく良くて、うつだろうが双極性障害だろうが、学べる点が多い。

特に家族に精神疾患の方がいる場合は必読書ですな。

 

はらたいら(漫画家)

 

はらたいら(本名:原 平、1943年3月8日 – 2006年11月10日)は、東京都文京区小石川に居住していた、高知県香美郡土佐山田町(現香美市)出身の男性漫画家、随筆家、タレント。血液型B型。

引用:はらたいら

 

常識人、優等生の世間的イメージが強い漫画家:はらたいら

一方で私生活はゼロ点

家庭よりも仕事や酒を優先する破天荒な男だった

クイズダービー後、はらたいらは、すぐにうつ状態に

長年の飲酒がたたり体調が悪化

2006年に肝臓がんを患い死去 享年63

事前にスタッフから答えを聞いているのではないか?

という都市伝説まで囁かれた程の正解率を誇る人物

引用:クイズダービーで活躍した漫画家:はらたいらの破天荒な人生

 

アルコール依存症とは書いていませんが、双極性障害はアルコール依存症との合併症が多いんですよね。

残念ながら、クイズダービーはリアルタイムで見たことがありませんが、その正答率が気になるところです。

 

仕事は完ぺき、私生活はめちゃくちゃというのは、作家で双極性障害の中島らもさんと共通点がありますね。アルコール大好きなのも(笑)

 

桂枝雀(かつら しじゃく:落語家)

 

2代目桂 枝雀(かつら しじゃく、本名:前田 達(まえだ とおる)、1939年(昭和14年)8月13日 – 1999年(平成11年)4月19日)は、兵庫県神戸市生まれの落語家。3代目桂米朝に弟子入りして基本を磨き、その後2代目桂枝雀を襲名して頭角を現す。古典落語を踏襲しながらも、超人的努力と空前絶後の天才的センスにより、客を大爆笑させる独特のスタイルを開拓する。出囃子は『昼まま』。実の弟はマジシャンの松旭斎たけし。 師匠米朝と並び、上方落語界を代表する人気噺家となったが、1999年3月に自殺を図り、意識が回復することなく4月19日に心不全のため死去した。59歳没。

引用:Wikipedia

 

落語家桂枝雀。天才だと思います。桂枝雀さんの落語芸は、見ている人すべてを笑わせました。そして同時に、破天荒なオーバーアクションでしたが、しかしただ単に客にこびるのではなく、うるさ型の客をもうならせる鬼気迫る芸だったと思います。落語に新しい形をひとつ加えました。いえ、落語そのものを変えていく力さえあったと思います。

また、芸の見事さに加え、人間愛を持っている方でした。そのあたたかく優しい人柄も、人気の原因の一つでした。

しかし、実は枝雀さんは、ブレイクする前に一度うつ病を発病されていました。治療を受け、回復し、高座にもどり、そして大ブレイクしていくわけですけれども、後に再発します。(うつ病は治る病気ですけれども、同時に残念ながら発病しやすい病気でもあります。)

引用:桂枝雀さんの自殺から考える

 

落語家の桂枝雀さんについては、うつ病か双極性障害かで見解が別れているようですが、芸風をみるとちょっと躁状態っぽいのかな?と思ってしまいますね。

まぁなんでも決めつけるのはよくありませんが……。

 

双極性障害の著名人まとめなんかにたびたび登場しているところを見ると、一般的には双極性障害という認識のようです。

 

江藤淳(えとう じゅん:文学評論家)

 

江藤 淳(えとう じゅん、1932年(昭和7年12月25日 – 1999年(平成11年)7月21日)は日本の文学評論家、文学博士(慶應義塾大学)。戸籍名は江頭 淳夫(えがしら あつお)、東京工業大学、慶應義塾大学教授等を歴任した。身長160センチ。

引用:Wikipedia

 

江藤淳さんは、自ら命を絶ってしまいました。遺書を残しています。

 

遺書全文:
心身の不自由が進み、病苦が堪え難し。去る六月十日、脳梗塞の発作に遭いし以来の江藤淳は、形骸に過ぎず、自ら処決して形骸を断ずる所以なり。乞う、諸君よ、これを諒とせられよ。平成十一年七月二十一日 江藤淳

引用:7/21 Today 江藤淳自殺 (1999)……自ら処決して形骸を断ず

 

代表作はこちら

 

 

岡田有希子(おかだ ゆきこ:アイドル)

 

岡田 有希子(おかだ ゆきこ、1967年8月22日 – 1986年4月8日)は、日本のアイドル歌手、女優である。本名、佐藤 佳代(さとう かよ)。愛称は「ユッコ」。身長155cm、体重44kg、B86cm(公称84cm)・W58cm・H84cm、血液型O型、視力左右0.1以下。

愛知県名古屋市熱田区出身。名古屋市立高蔵小学校、名古屋市立沢上中学校、名古屋市立向陽高等学校から堀越高等学校へ編入、卒業。サンミュージックに所属していた。1980年代中期に活動したアイドル歌手のひとりであり、「ポスト松田聖子」としても期待されていたが、人気絶頂だった1986年(昭和61年)に飛び降り自殺した。

報道に端を発した若者の相次ぐ自殺は、大きな社会問題となった。当時のこの現象を「ユッコ・シンドローム」と呼ぶこともある。

引用:Wikipedia

 

年代的に母が詳しそうなので、当時のことを母に聞いてみました。

ほっしー

岡田有希子っていう人、知ってる?

知ってる!恋人にフラレて自殺した人だよね。懐かしいな~。

ほっしー

え?そうなん?双極性障害だったんだってさ。

当時、精神科にかかっていたとかいう話なかったの?

知らないね〜。とにかく、恋人にフラレて失意のあまり…ということばかり報道されてたよ

 

遠野なぎこ(とおの なぎこ:女優)

 

…皆さん、“双極性障害”という病気をご存知でしょうか。 一昔前でいう、“躁うつ病”と呼ばれていた病気です。

本人が躁と鬱の症状に振り回され苦しむだけではなく、非常に周囲から誤解を受けやすく…二重の苦しみを背負う病気です。 仕事上の問題、人間関係、家族関係…あらゆる場面で自分をコントロール出来ない事に苦しみます。

ある時は、少し身勝手な態度を取る人に感じるかもしれません。 ある時は気分屋さんな人に思われるかもしれません。 …でも、違うんです。 “双極性障害”という病気から、そんな態度をとってしまう人間も世の中には沢山いるんです。 いつ自分が躁状態に切り替わるか、いつ鬱に切り替わるか…本人が一番恐怖心を抱えて日々生きているんです。

自分が感情を司るのではなく、感情が自分を司る…自分の人生であって、自分の人生ではないような悲しみを抱えて日々生きているんです。 まるで別の誰かに心を乗っ取られたような気分の中で、不安や絶望の狭間で生きている人々が世の中には沢山いるんです。 仕事、家族、友人、全ての財産を失う事もあり…最悪の場合、命を失う人もいるんです。

引用:遠野なぎこオフィシャルブログ

 

遠野なぎこさんって今でもテレビで見ますよね。

双極性障害だったんだ…知らなかった……。

身近な芸能人の方が告白してくれるのは嬉しいですね。

少しでも広まってくれることを期待します。

 

失礼ながら少し笑ってしまったのが、遠野なぎこってGoogleの検索窓に入れると、「遠野なぎこ メンヘラ」って出るんですよね(笑)

分かる人には分かるのかもしれません。

あ、この方の場合、見た目というより、男性関係の報道が激しい時期があったからかな…。

 

田宮二郎(たみや じろう:俳優)

 

田宮 二郎(たみや じろう、1935年(昭和10年)8月25日 – 1978年(昭和53年)12月28日)は、日本の俳優・司会者。本名、柴田 吾郎(しばた ごろう)。
1960年代から1970年代にかけて活躍し、代表作は映画『悪名』シリーズ、映画『白い巨塔』、クイズ番組『クイズタイムショック』の名司会、テレビドラマ『白い巨塔』など。
身長180cm、血液型B型。

引用:Wikipedia

 

今の時代でもガンガン活躍できそうなほどのイケメンですな……。

ちなみに、白い巨塔と言えば私の世代だと唐沢寿明さんのイメージです。

 

事業の失敗や出演作品の不入りで多額の借金を抱え、しまいには精神を病んでしまった田宮。1977年3月に医師から躁鬱病と診断された。これとは別に、薄毛にも悩んでいたそうだ。

引用:ラフィ

 

田宮は、この前後から躁鬱病に苦しんでいた。
「白い巨塔(田宮版)」の撮影が始まったとき、彼は躁状態に入っていた。

大映撮影所の買収、日仏合作映画の製作、TBSのオーナー、トンガの石油発掘権など田宮は様々な事業に意欲を持った。
現場では、田宮のあまりのテンションの高さに、共演者が戸惑いを見せることもしばしばあったとか。

「白い巨塔(田宮版)」18話まで撮り終えたところで、撮影は1ヵ月半の休暇に入る。田宮は毎年行っていたロンドンへと旅立った。
予定よりも早く帰国した田宮だったが、態度は出発前から一変していた。鬱状態に突入していたのである。

19話から最終話までの撮影は過酷を極めた。セリフが頭に入らず、カメラの前で泣き崩れることも少なくなかったという。

引用:アメブロ

 

これはなんとも、典型的な双極性障害のエピソードですね。

周りを戸惑わせるほどのハイテンション、帰国後のカメラの前で泣き崩れる様子などは、まさにといったところ。

 

共演者はどんなふうに田宮二郎さんを見ていたんでしょうか。やっぱり異常だと思ったのかな。

 

母に話を聞いたのですが、田宮二郎といえば白い巨塔なイメージなんだそうです。

つまり、このドラマの主役であり、看板。

 

そんなプレッシャーを背負いながら共演者に涙を見られる田宮二郎さんの心情を思うと私も辛くなります。

また、昔の人なので、私の時代よりも男の涙に対して厳しいものがあったのではないでしょか?

 

大原麗子(おおはら れいこ:女優)

 

2009年8月6日、連絡が取れず不審に思って警察に通報していた実弟らによって、自宅で死亡しているのが発見された。行政解剖の結果、死亡推定日時は同年8月3日。死因は不整脈による脳内出血であると診断された。 満62歳没(享年64)。

引用:Wikipedia

 

2008年には結婚時代に発症したギランバレー症候群が再発。運動神経が麻痺してしまうこの病は大原麗子さんから体の自由までも奪ってしまいました。やがて大原麗子さんは躁うつ病を患い複数の薬を服用するように。寂しさをうめる長電話は周囲から疎まれました。繰り返される友人、仕事仲間への悪態。

引用:テレビのブログ

 

晩年はあまりいい話は聞かない大女優・大原麗子さんです。

彼女の場合、ギランバレー症候群から精神が参ってしまったようですね。

 

寂しさを埋めるための長電話。仮に躁状態で多弁だとしたら、かなり迷惑な話だと思います(笑)

支離滅裂な話を延々と聞かされるわけですから……。

 

関係ないけど、昔はこんなに綺麗だったのか…

 

玉置浩二(たまき こうじ:歌手)

 

玉置 浩二(たまき こうじ、1958年9月13日 – )は、日本のミュージシャン・俳優。北海道旭川市出身。ロックバンド『安全地帯』のボーカリスト。身長177cm。血液型はA型。北海道旭川農業高等学校中退。ソニー・ミュージックレコーズ内自主レーベル「ソルトモデラート(Saltmoderate)」所属。

2008年から、病気療養のためしばらく活動を休止していた。一般人女性、薬師丸ひろ子、キーボード奏者の安藤さと子との3度の離婚歴を経て、2009年2月25日に女優の石原真理と婚姻届を提出するが、受理されなかった。同年9月に2人の破局を関係者が認める報道が出る。

玉置は同年秋より音楽制作の活動を再開、同2009年12月、「安全地帯」として活動再開を発表。現在の妻はタレント、女優の青田典子。

引用:Wikipedia

 

芸能関係者からは、「玉置はうつ病をわずらっており、医師から処方された薬を服用しています。

空港ではその影響で妙にハイな状態になっていたと考えられます。

帰国時は、出国時とは正反対の沈んだ態度でしたが、それも病気のせいでしょう。」

との見解がみられた。

引用:玉置浩二の珍で妙な嗜癖

 

双極性障害(躁うつ病)です。

医療関係者が見れば、すぐに分かります。

歌っている時(歌えている時)のエネルギーは150%位出しすぎで、その後エネルギーが無くなってうつ状態。

この繰り返しです。

引用:ヤフー知恵袋

 

まぁ…玉置浩二さんの場合はわかりやすいです(笑)

調べるまでは知りませんでしたが、この人双極性障害っぽいな~なんて勝手に思ってました。

 

活動休止になったと思って復帰したらすごいハイだったりしますよね。

薬物乱用の疑いもあったようですが、音楽関係者は双極性障害か統合失調症との見方をしているようです。

 

坂口恭平(さかぐち きょうへい:建築家)

熊本県熊本市に生まれ、福岡県糟屋郡新宮町に転居。1987年7月(9歳)に熊本市に再転居。 熊本市立日吉小学校、熊本市立城南中学校を経て、熊本県立熊本高等学校在学中に石山修武(早稲田大学理工学部教授)に憧れて建築家を志し、早稲田大学理工学部建築学科に指定校推薦入学。

2001年に大学卒業。2006年結婚。 大学卒業後、石山修武研究室世田谷村地下実験工房、果物卸売業有限会社遠徳勤務、新宿ワシントンホテル喫茶店アルバイト、ヒルトン東京ラウンジボーイを経て、2009年坂口恭平研究所開設。

引用:Wikipedia

 

 

 

珍しいタイプですよね。普通は鬱期間のほうが長いものですから……。

現代に生きる芸術肌の双極性障害患者と言ってもいいかもしれません。

 

ただ、坂口恭平さんの場合、ほとんど寛解していると言っていいのではないでしょうか?

リーマスというのは気分安定薬なので、薬だけ見ると寛解状態にあるように見えます。

 

 

開高健(かいこうたけし:小説家)

 

開高 健(かいこう たけし、かいこう けん、1930年12月30日 – 1989年12月9日)は、日本の小説家。引用:Wikipedia

行動派の作家、開高健

「行動する作家」として知られ、芥川賞を受賞した『裸の王様』やルポルタージュ『ベトナム戦記』『オーパ!』など多数の作品で知られる作家の開高健氏は、双極性障害を抱えていた。軽躁期とうつを繰り返す、双極性Ⅱ型だったと推定される。

大阪で生まれ、敗戦後の焼け跡、闇市で育った開高氏は、大学を卒業後、洋酒会社の宣伝部の職に就くや、名コピーを連発する。その傍ら、小説を書き始め、トントン拍子に芥川賞を受賞した。

その後も、小説にルポルタージュに、また反戦運動でも精力的に活動を行った。しかし、その間、何度かうつ病期をくぐり抜けている。同人誌時代からの友人でもあった文芸評論家の谷沢永一氏によれば、開高氏は、うつから脱出するための手段として、ルポルタージュを書いていたのだという。

旅行中は、まったくうつにならなかったという。ところが、旅行から帰って元の日常に戻ると、うつがやってくるのだった。

引用:うつと気分障害

 

彼は時代背景もあってか投薬による治療は行っていなかったそうです。

文章を書くことによって、自分の心を癒やしていたのでしょうね。

ちなみにルポタージュとは自分の足で取材をしに行くことです。

まさに、行動派の小説家ですね。

 

 

泰葉(やすは:シンガーソングライター)

 

シンガー・ソングライターでタレントの泰葉(55)が21日、都内で記者会見を開き、2007年に春風亭小朝と離婚後、双極性障害によるうつ病を発症していたことを明かした。

現在は回復し、支えてくれた家族に涙ながらに感謝。

今後は本格的に芸能活動を再開予定で、「音楽や文章も書いたり、テレビも出ない時期も多かったのでバラエティーにも復帰したい」と展望を語った。

引用:@niftyニュース

元夫の春風亭小朝さんのことを「金髪豚野郎」と罵ったことで炎上したことはまだ記憶にあたらしいのではないでしょうか?

Twitter上での精神科医の見立てでは、やはり双極性障害だったか?との意見もありました。

引用したニュースでは、双極性障害によるうつ病を回復し、芸能活動再開とあります。

が、現時点では、双極性障害は完治する病ではないので、また再発しないか注意してほしいですね。

特に今は、体調が上向きになっているようですから、躁状態に移行しないか注視してほしい。

以前は、元夫に対しての暴言なのである程度笑い話ですみましたが、全くの他人に「金髪豚野郎」というわけにもいかないでしょう(笑)

 

皇太子徳仁親王妃雅子(こうたいしなるひとしんのうひ まさこ:皇族)

いわゆる、雅子様のことですね。

「『適応障害』と診断されている雅子さまですが、実は『双極性障害Ⅱ型』という、軽い躁とうつ状態を繰り返す病気の一種である可能性もゼロではないと思います。

最近の雅子さまは活発に活動されているそうですが、今までうつ状態だった人が40~50代になって突然、躁状態になることもあるのです。

すると、自分の子どものことも目に入らなくなるほどの“ハイテンション”に陥ることがあります。

愛子さまが雅子さまのそのような症状に引っ張られる形で活動し、お疲れをためてしまった可能性があります」

引用:雅子さまに精神科医が指摘した『双極性障害Ⅱ型』の可能性「突然、躁状態になる」

ニュースを見ていると、やけに活動的だなと心配になっていたらまさかのニュースです。

適応障害と双極性障害2型は良く間違われます。私も、最初はうつと言われたり適応障害と言われたりでしたから。

皇族という一般の人には理解のできない苦悩をされていると思います。

症状が悪化しなければよいのですが…。

 

遠藤周作(えんどうしゅうさく:小説家)

遠藤 周作(えんどう しゅうさく、1923年(大正12年)3月27日 – 1996年(平成8年)9月29日)は、日本の小説家。随筆や文芸評論や戯曲も手がけた。

引用:遠藤周作 – Wikipedia

遠藤周作氏もひけをとらない。純文学からユーモア・エッセイから多量の仕事をし、素人劇団「樹坐」の座長となってニューヨーク公演までし、かつ社交ダンスを習ってパーティを開き、素人コーラス団まで結成した。手品を習って魔術団を作り、催眠術にも一時は凝り、更に主観しに記事を書いて、碁を教えてくれる美女を求め、日本画の先生をも募集している。

引用:双極II型障害という病 -改訂版うつ病新時代-

まさに軽躁のなせるワザ。

頭も身体も性活動もフル稼働ですね(笑)

さすがにここまでのエネルギーを発揮したことはありませんが、気持ちはわかります。

 

海外編

キャリー・フィッシャー(女優)

自らこんな状態に陥ることを選んだわけではないけれど、今渦中にあるわ。

すべて本の中の話だと思うかもしれないけれど、自分が苦しみの只中に入り込むまではわからない。

長い間、わたしは苦しんでいた。それは本の中の話ではなく、現実だった。(自身の双極性障害の苦しみについて語って)。

出典:うつ病や双極性障害など、心の病を克服した27人の海外セレブたちの言葉

 

「双極性障害のシンボル」として扱われたことについて

「それじゃあ(心理学を扱う雑誌)サイコロジー・トゥデイの見開きページに載れるといいですね。

それにしても、テレビ番組などには、誰かしら双極性障害を持っている人が出演してように見えますけれど!

『フォースと共にあらんことを』と言われたような気持ちです。だけど、私がどんな人間かを双極性障害が決めることはありません。私が双極性障害とは何かを決めるんです

引用:「私は双極性障害です」レイア姫のキャリー・フィッシャーは、心の病と闘う勇敢な戦士だった

2016年12月27日にお亡くなりになりました。

双極性障害を公言し、活躍したセレブリティ。残念です。

どんな人間かを決めるのは双極性障害ではなく、私自身だという彼女の姿勢は、同じ患者を多く勇気づけることでしょう。

 

キャサリン・ゼダ=ジョーンズ(女優)

自分の個人的な問題を声高に叫ぶようなタイプではないのだけれど、わたしの双極性障害を公にして、同じ苦しみを味わっている人たちにこの病気は完全に抑え込むことができるということを知ってもらいたいのです。

そして、この病気につきまとう汚名を晴らす手助けをしたい。まだ光の見えない人たちも治療は可能なのだから、助けを求めて欲しいと思います。

(本当は自分の苦しみを隠しておきたかったが、今では助けを求める人たちの味方として)。

出典:うつ病や双極性障害など、心の病を克服した27人の海外セレブたちの言葉

 

双極性障害はキチガイの病だという汚名が付きまとっています。

うつ病と違って、躁状態があって周りに迷惑をかけてしまうからそういわれてしまうんですよ。

でも、キャサリン・ゼダ=ジョーンズさんのいうように、薬によって抑え込むことができます。

 

完治はできないけど、寛解は目指せる病気なんですよ。

 

デミ・ロヴァート(女優)

完全に躁状態だったとき、来る仕事、来る仕事をひたすら引き受けていた。

“ええ、できます。これもできます。あれもやれます”と言い続けて。自分が世界を征服していた気分だった。

でも次の瞬間には突然どさりと倒れ込んで、これまでにないほどの鬱状態に陥るの。

(デミは自身の双極性障害をおおっぴらにし、心の健康を推奨している。)

出典:うつ病や双極性障害など、心の病を克服した27人の海外セレブたちの言葉

 

躁状態になると何でもできます状態になってしまう。これは双極性障害あるあるでございますw

もう治った! と思って復職をしようとして失敗した経験がわたしにもあります。

彼女のように超有名な人が躁状態のエピソードを語ってくれるのはありがたい。

 

躁状態が軽い場合は周囲からも気づかれにくいので、こういったエピソードが知られることが大切なんですよ。

 

ラッセル・ブランド(司会者)

気分が急激に変わることがわかっていて、ときに徹底的に落ち込むが、それも人生だと思っている。

精神の病だとか、今日は人生に泣かされたとは思わない。

異常なほどエネルギーがみなぎったり、頭の回転が速いときは、それを利用すればいい。

(自分の躁鬱状態をアートにぶつけて、対処した俳優でコメディアン)。

出典:うつ病や双極性障害など、心の病を克服した27人の海外セレブたちの言葉

 

いいですよね。自分の躁うつの波とうまく付き合ってる。

俳優やコメディアンといった創造的な職業と双極性障害は相性が良さそうです。

 

私自身も、ネットで仕事をしているので、時間や働く場所には縛られません。

頭の回転が速いときは一気に仕事を片付けることができて、うつ状態のときはゆっくり休むことができます。ありがたいですよね。

 

アーネスト・ヘミングウェイ(小説家)

アーネスト・ミラー・ヘミングウェイ(Ernest Miller Hemingway、1899年7月21日 – 1961年7月2日)は、アメリカの小説家・詩人。彼の生み出した独特でシンプルな文体は、冒険的な生活や一般的なイメージとともに、20世紀の文学界と人々のライフスタイルに多大な影響を与えた。

ヘミングウェイは、ほとんどの作品を1920年代中期から1950年代中期に書き上げて、1954年にノーベル文学賞を受賞するに至った。彼は、6つの短編集を含めて7冊の小説と2冊のノンフィクション小説を出版した。

3冊の小説、4つの短編集、3冊のノンフィクション小説が死後、発表された。これらはアメリカ文学の古典として考えられている。

引用:Wikipedia

 

『老人と海』『武器よさらば』などの傑作で知られる作家のヘミングウェイは、戦場の前線に乗り込んで取材したり、アフリカに猛獣狩りに出掛けたり、極めて活動的な人物だった。

しかし、晩年は、うつ病に苦しめられることになる。うつ病がひどくなる一因となったのが、高血圧の薬として服用していたレセルピンである。

この薬は、しばしばうつ病を引き起こすことで知られている。薬の投与が中止されたのは、症状がかなり進んでからであった。ヘミングウェイは、有名なメイヨー・クリニックに、偽名を使って入院した。

一旦退院したものの、再び被害妄想を伴ううつがひどくなり、自殺念慮も強まったため、妻はメイヨー・クリニックに連れ戻そうとした。

しかし、その道中、飛行機のプロペラに飛び込もうとする気配を見せたために、近くの病院に緊急入院して、電気けいれん療法を受けた。

回復したかに見えたが、そう装っていただけだった。退院して間もなく、まだ夜が明けきらない早朝、ヘミングウェイは、散弾銃により自殺を遂げたのである。

引用:うつと気分障害

 

ヘミングウェイは脳に電気ショックを与えて人為的にけいれんを誘発させる電気ショック療法を受けていたという話が残されています。

今考えると狂気じみているように感じるかもしれませんが、双極性障害(昔は躁うつ病と呼ばれていた)に対する治療法としては一般的なものだったんですよ。

 

 

ウィンストン・チャーチル(政治家)

 

ウィンストン・レナード・スペンサー=チャーチル(英語: Sir Winston Leonard Spencer-Churchill, KG, OM, CH, TD, PC, DL, FRS, Hon. RA、1874年11月30日 – 1965年1月24日)は、イギリスの政治家、軍人、作家。

引用:Wikipedia

 

イギリスの政治家、ウィンストン・チャーチル(1874~1965年)は、第一次世界大戦では海相、軍需相、陸相などを歴任。
第二次世界大戦勃発とともに海相となり、さらに1940年に「挙国一致内閣」を組織して首相となった。

チャーチルは、政務よりも冒険好きで、名声を求めるのを愛したが、その名声欲を満たすために戦争は格好の材料であり、晴れの舞台だった。

実際、戦争となると、彼は水を得た魚のようで、強力な指導力を見せた。力ある単純な言葉を使って国民の心を奮い立たせ、ヒトラーのナチス・ドイツとの戦いで一身をもって大英帝国を救った。

引用:大英帝国を救った傑物の双極性障害 チャーチル(躁鬱病)

 

ちょっと出所は忘れちゃったんですけど、チャーチルのことについて書いてあった本を読んだことがあります。

そこには引用した文と同じようなことが書いてありました。

 

しかし、結果を出した後は、急に神経が衰弱してしまって、かつての威厳はまったくなくなってしまったと。

これはまさに!という感覚で読んだことを覚えていますw

 

 

ジェレミー・ブレット(俳優)

 

ジェレミー・ブレット(Jeremy Brett, 本名:Peter Jeremy William Huggins, 1933年11月3日 – 1995年9月12日) は、イギリスの俳優。

引用:Wikipedia

 

英国の俳優さんです。後年テレビドラマのシャーロック・ホームズ役で人気を博したとか。

 

 

ミケランジェロ(画家)

 

ミケランジェロ・ディ・ロドヴィーコ・ブオナローティ・シモーニ(伊: Michelangelo di Lodovico Buonarroti Simoni、1475年3月6日 – 1564年2月18日)は、イタリア盛期ルネサンス期の彫刻家、画家、建築家、詩人。西洋美術史上のあらゆる分野に、大きな影響を与えた芸術家である。ミケランジェロ自身が本業と考えていた彫刻分野以外の作品は決して多くはないにもかかわらず、様々な分野で優れた芸術作品を残したその多才さから、レオナルド・ダ・ヴィンチと同じく、ルネサンス期の典型的な「万能人」と呼ばれることもある。

引用:Wikipedia

 

多彩さって双極性障害患者に見られますよね。

なんでもそつなくこなす。しかもそれを高いレベルで。

まぁ、軽躁状態か躁状態のときのみなんですが(笑)

 

 

エイブラハム・リンカーン(第16代アメリカ合衆国大統領)

 

エイブラハム・リンカーン(英: Abraham Lincoln [ˈeɪbrəhæm ˈlɪŋkən] ( 聞く)、1809年2月12日 – 1865年4月15日)は、アメリカ合衆国の政治家である。名はアブラハム、姓はリンカンと表記されることもある。 弁護士、イリノイ州議員、上院議員を経て、1861年3月4日に第16代アメリカ合衆国大統領に就任した。 愛称はエイブ (Abe) 。また、オネスト・エイブ (Honest Abe)、レール・スプリッター (the Rail Splitter)、偉大な解放者 (the Great Emancipator)とも呼ばれる。

引用:Wikipedia

 

人民の人民による人民のための政治として有名なリンカーン。

歴史に名を残す人と同じ病というのはなんだか誇らしいような、誇っていいのやら微妙な感覚です(笑)

 

これは誤訳だ!といった指摘もあるようですが、どうなんでしょうね?

 

タイソン・フューリー(WBA・WBO世界ヘビー級スーパー王者)

コカインの陽性反応が出たと報じられていたフューリーは、米情報誌ローリング・ストーン(Rolling Stone)に対し、深刻なそううつ病の自己治療法として、クラスAの薬物(英法で規定されたコカイン、ヘロインなどの薬物)を摂取したことを明かした。

「聞いてくれ、俺は人生の中でいろいろなことをやってきた。コカインもたくさんやった。たくさんだ」と、フューリーは同誌に対して衝撃的な告白をした。

クリチコとの再戦の2度目の中止について説明を求められると、「トレーニングを積んでいなかった。うつ病になっていたんだ。もうこれ以上生きていたくもない。ピンとこないかもしれないが。もう十分なんだよ」と応じた。

「だから、コカインは、これ以上生きていたくないってことに比べたら、ささいなことさ」

「正直なところ、年を越せるかも分からないね」

「双極性障害という見解もある。そううつ病さ。自殺する前に誰かにあやめてもらいたい」

この憂慮すべきコメントを受けて、英国ボクシング管理委員会(BBBofC)は5日、12日にすでに予定されている会合で、フューリーのライセンスを剥奪する可能性などを検討すると発表している。

引用:王者フューリーがコカイン使用を明かす、そううつ病も告白

薬物使用でライセンスの剥奪をされるようですが、これによって双極性障害の治療に専念できると思えばかえってよかったのかもしれません。

躁状態のときに試合をセッティングできれば、相性のいい仕事なのかもしれませんが…(笑)

 

クリス・ブラウン(ミュージシャン)

クリストファー・モーリス・ブラウン(Christopher Maurice “Chris” Brown 、1989年5月5日 – )は、アメリカ合衆国の男性歌手。身長185cm。2005年に16歳でアルバム『クリス・ブラウン』でデビュー。アルバムからのシングル「ラン・イット!」はBillboard Hot 100で1位を獲得。アルバムはアメリカ国内で200万枚を売りRIAAよりダブル・プラチナの認定を受けた。

引用:Wikipedia

クリスは2014年から、軽い躁状態と、“うつ”状態を繰り返す、双極性障害Ⅱ型をわずらっている。しかし彼は、処方された薬ではなく、ドラッグカクテルのような“自己治療”に頼りがちだという。さらにマネジメントやセキュリティのチームを遠ざけ、悪い仲間と大半の時間を一緒に過ごしているそう。

この人物は、クリスが薬物依存や、感情のコントロールに問題を抱えていることを暴露。しかしこれらは、「正しい人々と付き合うようにならなければ」解決しようもないとしている。

引用:クリス・ブラウンが、逃れられない“負の連鎖”とは? 「依存症」「怒り」との闘い

双極性障害は適切な薬物治療を受けなければどんどん悪化してしまう病気です。

わたしも一度断薬をして悪化したので…。

レクサプロの断薬を精神科医の忠告を無視して勝手にやってみた結果…

クリス・ブラウンを管理する側の人間が近寄れないというのは大きな問題ですよね。

解決の糸口。まだまだ見つかりそうにないかな…。

 

スコット・スタップ(ミュージシャン)

スコット・スタップは、オルタネイティヴ・ハード・ロック・バンドの「クリード (Creed)」のボーカリストとして1995年から2004年まで活動し、アルバムは全世界で3,500万枚以上のセールスを記録し、3枚のアルバムはいずれもマルチプル・プラチナ・アルバムに輝いた。

2004年にクリードが解散した事によって2009年まではソロ・ロック・シンガーとして活動をしていたが、2009年にクリードがオリジナル・メンバーで再結成する事になり、同年10月には4枚目のオリジナル・アルバムが発売され、クリードでの活動もソロと平行して行う事になった。

クリード解散後にソロ活動をした際、2004年にはメル・ギブソンが監督で制作されたキリストを題材にした映画「パッション (原題:The Passion of the Christ)」のオリジナル・サウンド・トラックに「Relearn Love」という曲で参加し、2005年には最初のソロ・アルバムをワインド-アップ・レコーズから発表している。

引用:スコット・スタップ – Wikipedia

スタップはいまから2年半ほど前、「資産を盗まれ一文無しになった」「凶悪な襲撃の的になっている」と語る自撮り映像をFacebookに投稿したり、街中で「殺される」とわめくなど、アルコールとドラッグの依存症からくる幻覚に悩まされていた。その後、奥さんからの励ましもあり、立ち直ることができたが、ウェイランドの死も一つの警告となったという。

引用:スコット・スタップ「ウェイランドに墓の中から話しかけられているよう」 | Art Of Anarchy | BARKS音楽ニュース

スタップは一時期、自分のことを大統領暗殺の使命を負ったCIAのエージェントだと思い込み、家族がISIS(イスラム国)に関与していると信じていたそうだ。リハビリを始めた施設で、双極性障害だとも診断され、家族の支援のもと治療に専念した。

引用:スコット・スタップ「ウェイランドに墓の中から話しかけられているよう」 | Art Of Anarchy | BARKS音楽ニュース

ほっしー
統合失調症では…?

と思ってしまうほどの幻覚症状に悩んでおられるようです。

音楽のような創造的な分野では、躁状態が功を奏することもありますが…。

 

ニキータ・フルシチョフ(政治家)

ニキータ・セルゲーエヴィチ・フルシチョフ(ロシア語: Ники́та Серге́евич Хрущёв(ニキータ・スィルギェーイェヴィチュ・フルシショーフ)、ラテン文字表記の例:Nikita Sergeyevich Khrushchev、ウクライナ語: Мики́та Сергі́йович Хрущо́в(ムィクィータ・セルヒーヨヴィチュ・フルシュチョーウ)、1894年4月17日 – 1971年9月11日)は、ソビエト連邦の政治家、同国の第4代最高指導者。ソビエト連邦共産党中央委員会第一書記と閣僚会議議長(首相)を兼務した。民族的にはウクライナ人[1]。

引用:ニキータ・フルシチョフ – Wikipedia

軽躁が多彩なポテンシャルをはらむこと、とくに成功例もありうることを示す事例には事欠かない。たとえば、旧ソ連の元首であったニキータ・フルシチョフなどは一つの典型である。アコスとレンシュニックによる『現代史を支配する病人たち』の中では、フルシチョフが躁うつ病であったことが明言されている。

彼はソ連の指導者には似つかわしくない、粗野で、人懐っこい人柄であった。彼と論戦を交えた当時のフランス大統領ド・ゴールは、「スターリンはドストエフスキーだった。フルシチョフの中にマルクスもレーニンも探してはいけない。この男はゴーゴリなのだ」と評したという。

「憂鬱にふさぎこんでいたかとおもうと、極端に陽気になる」彼の気分変調は、妻のニーナにしか知られていなかった。

引用:双極II型障害という病 -改訂版うつ病新時代-

当時はまだ、双極性障害についての病識は全くと言っていいほど広まっていなかったでしょう。

まさに軽躁だからできたことという政治手腕。ただ、奥さんの前では極性を見せていたようですね。

ほっしー
奥さんの証言だと、極性がハッキリしすぎているから1型っぽいけど…。

 

マイケル・アンジェラコス(バンド・パッション・ピットのメンバー)

2007年、パッション・ピットはマイケル・アンジェラコス (Michael Angelakos) のソロプロジェクトとしてスタートした。その後、Ninja TuneよりShuttle名義でアングラ・ヒップホップ~ブレイクビーツ作品をリリースしているネイト・ドンモイヤー (Nate Donmoyer)、インディー・フォーク作品をMySpace上で発表しているイアン・ハルトクイスト (Ian Hultquist)、ハルトクイストとバークリー音楽大学のクラスメートでアンジェラコスの幼馴染みとルームメートの関係にあったアヤド・アリ・アダミー (Ayad Al Adhamy)、そしてニュージャージー出身のジェフ・アプルゼッシ (Jeff Apruzzese) を加え、5人編成のバンドとして活動を始める。

引用:パッション・ピット – Wikipedia

彼は17歳の頃に双極性障害を発症し、リンキン・パークのボーカルがなくなったことにショックを受けたことがきっかけで、今回活動を休止するそうな。

   双極性障害は治療を途中でやめてしまうと再発してしまうため症状が治まっている時期も薬を飲み続ける必要があり、長期にわたる再発予防療法が必要となる。アンジェラコスはしばらく音楽活動に戻れない可能性も語りつつ、「パッション・ピットが大好きで、音楽をもっと愛している」とし、

引用:(2/2) 音楽が好きだが自分の心の健康も大事にしたい 米ミュージシャン、治療のため活動休止を宣言 : J-CASTヘルスケア

彼の中ではとても大きな決断で、精神的な負担も大きいでしょうなぁ…。

ただ、やはり。日本とは違うなぁと思わされる。

日本だとこうも簡単に休暇という訳にはいかないでしょう。

 

◯◯のツアーが終わってから…なんて考えているうちに、ズルズルと活動を続けている人も多いんじゃないかな。

メンタルヘルス休暇をとりやすい環境ってのは本当に素晴らしい。

日本でも早くこうなるべきですよね。

 

リンダ・ハミルトン(女優)

 2005年、久しぶりにテレビトーク番組に出演したリンダは、双極性障害者であることを告白し世間を驚かせました。

 この病は、そう状態とうつ状態を繰り返す精神疾患。状況に関係なく、突然精神状態が変わるため、周りの人間にも大きな影響を与えてしまいます。リンダも、最初の結婚生活はこの病気により破綻。暴言を吐いたり暴力を振るうことを止められなくなり、一人息子のために離婚直後の1996年から治療を開始したそう。

 双極性障害は、長期にわたる薬物治療が必要だとされていますが、薬で症状を抑えることができるため、リンダは「気分のアップダウンが激しく苦しんでいる人は、ぜひ医者の治療を受けて欲しい」と呼びかけています。

引用:精神疾患を抱えながらも、”最強の女性”であり続けるリンダ・ハミルトン|サイゾーウーマン

ターミネーターシリーズに母親役として出演しているリンダ・ハミルトンさん。

“最強の女”と言われた彼女が告白したからこそ意味がありそうです。

私も、周りの人間を多く傷つけていろんなものを失ってきました。

双極性障害の躁状態は人間関係と財布を破壊していった

 

それにしても、世間を驚かせました。という記述に引っかかりますね。

すでに10年以上前の話ですが、まだまだ偏見があるということかな。

ただの脳の病気なのにねぇ。

 

病跡学的研究の対象の人物

病跡学とは、宮本忠雄氏によれば「精神的に傑出した歴史的人物の精神医学的伝記やその系統的研究をさす」、福島章氏によれば「簡単にいうと、精神医学や心理学の知識をつかって、天才の個性と創造性を研究しようというもの」です。

病跡学という用語は、ドイツの精神科医メービウスが20世紀初頭に造語したパトグラフィー(Pathographie)の翻訳で、他に、病誌・病蹟などとも訳されますが、こうした研究領域は古代からの天才研究にその源流をみる向きもあります。 加藤敏氏は「学際的領域に位置して、創造性と精神的逸脱の関係を探ろうとする病跡学の独自性は、精神医学が築き上げた疾病概念や病態把握、および癒しといった観点から、人間の創造性に光を当てるという問題枠に求められる」と述べています。

引用:http://pathog.umin.jp/pathography/bing_ji_xuetoha.html

 

ようするに、精神疾患者の中には天才が多いんじゃねぇか説!を研究しましょってことで、その対象となってる人物のことです。

 

宮沢賢治(詩人)

 

宮沢 賢治(みやざわ けんじ、正字:宮澤 賢治、1896年(明治29年)8月27日[2] – 1933年(昭和8年)9月21日)は、日本の詩人、童話作家。

引用:Wikipedia

 

賢治の求めているものはとても広く深い慈愛に満ちたものでした。一方、そのような理想郷を求めるがゆえに充足されない、心の飢えのような部分も常にあったのではないでしょうか。このような心の飢えは、一人称の世界で収まるものではありませんでした。だから、賢治は作品のなかで、故郷の岩手を越え日本列島を越え、宇宙全体の幸せを求めていきました。

このような気宇壮大な発想と幻視力は、双極性障害の人に生じやすい特質です。双極性障害の人は、いろいろな夢をもったり、理想を追い求めてみたりと情熱的で行動的になることがしばしばあります。なかには、際限なく広がってゆく自らの夢に押し潰されてしまう人も少なくないのですが、賢治には、そのような分裂や疲弊のあとはみられませんでした。彼は文学者として芸術の分野でも、農業技術者・地学者として科学の分野でも、さらには宗教の分野においても表現と思索、行動を深めることにエネルギーを注ぎます。

これらの活動は、自己の利益や栄誉のためではなく、純粋に人類全体の幸福の実現に向けて実践し続けました。その多彩な才能は神業のような行為で発揮されますが、双極性障害の人は、ときとして自ら神に近い崇高な存在になることがあるのです。

引用:躁とうつ、両極の力 詩人・宮沢賢治の場合

 

確かに、躁状態や軽躁状態でハイになっているとそのような思考になることはありますが、すぐにしぼんじゃいますよ。

彼は詩人であり作家なので、自分の作品を作る活動の時だけ躁状態だったということも考えられますが(笑)

 

いずれにしても、ただでさえ双極性障害って診断が難しいのに、亡くなった方を双極性障害にするのは難しいでしょうね。

夏目漱石(小説家)

 

夏目 漱石(なつめ そうせき、1867年2月9日(慶応3年1月5日) – 1916年(大正5年)12月9日)は、日本の小説家、評論家、英文学者。本名、夏目 金之助(なつめ きんのすけ)。江戸の牛込馬場下横町(現在の東京都新宿区喜久井町)出身。

引用:Wikipedia

 

お札にもなっている夏目漱石。彼のことをあまり知らない人でも同じ病気なのか!?とテンション上がってる人は多いようですよ(笑)

私も調べているうちに「おっ」ってなりましたからねw

不思議なもんで、偉人と同じ病気でも別に何が変わるわけではないんですが、自分にもちょっと可能性が!?みたいな淡い期待をしてしまうのかもしれませんw

フィンセント・ファン・ゴッホ(画家)

フィンセント・ファン・ゴッホ(Vincent Willem van Gogh、1853年3月30日 – 1890年7月29日)は、オランダ出身でポスト印象派(後期印象派)の画家。姓は、Goghではなく、Van Goghである。「Gogh出身の」という意味になる。

主要作品の多くは1886年以降のフランス居住時代、特にアルル時代(1888年 – 1889年5月)とサン=レミの精神病院での療養時代(1889年5月 – 1890年5月)に制作された。

日本の浮世絵に多大な感銘を受け、彼の作品は感情の率直な表現、大胆な色使いで知られ、ポスト印象派の代表的画家である。フォーヴィスムやドイツ表現主義など、20世紀の美術にも大きな影響を及ぼした。

引用:Wikipedia

 

ゴッホの場合は、精神病院での療養時代があるので信ぴょう性が高いですよね。

でも、双極性障害かどうかはわかりませんね。統合失調症の方でも独創的な絵を描きますから。

 

双極性障害は基本的には幻覚は見えないと言われています。

統合失調症は幻覚を見るそうです。幻覚が見える人のほうが、独創的な絵を描けるのではないか?という私の推察です。

 

変な話、ゴッホの絵はなんとなく狂気じみている気がするんですよ。

創作の世界に昇華できているのでそれはよかったんじゃないかなぁと。

 

ただまぁ…日常生活は…苦しいですよね。