娘の死を乗り越えて…うつ病の私はこれからも家族と生きていく

どうも、ほっしーです。

まいのる」というブログを運営されているancoさんより、体験談を投稿いただきました。

 

 

転職先でうつの初期症状が出た

イラスト 男 うつ 布団から出たくない

こんにちは、anco(@masayoshi88)です。

私はうつ病に罹って、家族を巻き込んで、どん底までいったという経験があります。

妻と結婚し、娘が生まれ、平穏に田舎暮らしをしていました。

 

田舎暮らしに少し不便さを感じていた私たちは、将来を考えてもう少し暮らしやすい街へ転居することにしました。

同時に私は転職を経験します。

介護の分野で10年ほど働いていた経験があったので、次のところでもうまくやれるだろうと、それほど心配はしていませんでした。

 

ところが新しい職場は、全く合いませんでした。

職場の人間関係に馴染めずに居場所がなく、自分が何のためにここへ来たのか、その意味さえも見いだせないようになっていました。

気が付くと、夜ぐっすり眠ることさえ不可能に。

 

布団に入っても、明日仕事に行くのが嫌だなどと考え事をしてしまい、ゆっくり眠ることができません。

もう何時間経ったかなとスマホを見ると、まだ一時間しか経っていない。

anco

やばい、朝早いからちゃんと眠らなきゃ

と、心の中で焦っていました。

やっとうとうとしてきたと思ったら、新聞配達のバイクの音で目が覚めてしまい、結局ほとんど眠れずに仕事へ行く。

 

そんなことが何日も続くようになりました。

そして朝仕事へ行く準備をしていると、自然と涙がこぼれるように。

職場へ行く車中も涙を流しながら運転したこともありました。

anco
もう辛い、逃げ出したい。そう言いたいけど、誰にも言い出せない。

苦しくて仕方ありませんでした。

 

新しい職場は、働きやすい環境だったけれど…

当時妊娠中であった妻へ相談し、この職場を辞めることにしました。

新しい転職先はとても人間関係が良く、働きやすい職場でした。

しかし、当然知らない人たちと一緒に仕事をするので気を使いますし、それまで経験したことがない仕事をすることもありました。

 

一方で、妻の出産が間近に迫っていました。

さらに、娘が大病に罹っていることが分かります。

こうした色々な変化が重なったことで、またしんどい気持ちになっていきました。

 

やはり夜眠れなくなり、気分が落ち込んだり焦ったりしてしまう、そういうことが何日も続きました。

もう耐えられなくなり、たまたま当時の職場が病院だったので、看護師長へ相談。

その日のうちに精神科の先生に緊急で診てもらうことができました。

先生からは中等度のうつ病と診断され、一カ月の休職とお話がありました。

 

うつ病と診断されて、

anco
あぁうつ病かぁ

と思ったと同時に、ホッと安心したような気持ちになったことも確かです。

これで休めるんだと思えたのは、自分の気持ちとして、すごく安心できました。

 

厚く立ちはだかる、復職の壁

立ちはだかる壁

休職は一カ月の予定でしたが、もう一カ月、もう一カ月と長引いていきます。

復職は思うようにいきません。

半年後いざ復帰した際、色々なことがフラッシュバックしてしまい、立っているのも辛く、また涙が出て来たりしました。

 

結局その職場も辞めることに。

これで私は2人の子持ち、30過ぎで正真正銘の無職となりました。

特に妻に関しては、

  • 娘が大病を罹っている
  • 息子はまだ産まれたばかり

 

という中で、夫が職を失ってしまい、先行き不安に感じていたことと思いもます。

しかし笑顔で、明るく家族を励ましてくれていました。

 

ときどき、どうにもぬぐえない不安から、叫んだり涙を流したりしたこともありました。

でもそういったことを経ても、妻はしっかり家族を支えていてくれました。

 

職場復帰を果たすも…

それから私も良い職場へ勤めることができ、やっと落ち着いて家族仲良く暮らすことができるようになりました。

気がかりなのは娘の病気です。

入退院を繰り返し、幼い頃から痛くて辛い治療を頑張って続けていました。

 

私たちも、娘の病気を絶対やっつけると、家族一丸となり懸命に支えていました。

ところがそんな頑張りも空しく、娘はお星様になってしまいます。

目の前が真っ暗になり、夢も希望もなくなって、真っ暗なトンネルの中に取り残されたような、そんな感覚に陥りました。

もう娘に二度と会えないという喪失感は、何の感情も生みませんでした。

 

何をやっても楽しいと思えない、何を食べても美味しいと思えない、そんなうつ状態を経験します。

娘が亡くなったことは辛すぎて、自分が生きている意味さえ見いだせなくなりました。

 

これからも、家族とともに。

それでも私は、死ぬまで生きなければいけないと思っています。

最期の最期まで必死に呼吸をして、生きようとした娘の姿を見ているから。

 

娘が亡くなって2年が過ぎましたが、私は家族と一緒になんとか生きています。

常に家族がそばに一緒にいてくれたおかげで、今もしっかり生きられているのだと感じます。

もちろん、心の中では娘も一緒にいます。

 

自分が下ばかり向いていたら、娘に笑われるかなと思うから、元気な時は少しだけ前を向いて頑張っています。

私にとっては家族の存在が大きく、かけがえのない存在となっています。

大切な存在がいることで、私も生きようと思う原動力になっているのだと思います。

 

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