どうも、双極性障害と戦うブロガー星野 良輔(@HossyMentalHack)です。
面白い記事見つけました。
「障害者のまったくいなくなった社会はどう思いますかか。素晴らしいと思いますか」
という問いかけを学生たちにした先生がいたらしい。そしてその半数は「素晴らしい」と答えたのだそうだ。
はっきり言わせてもらう。寒気がした。
この記事はざっくりこんな感じ!
今回の記事で伝えたいことをざっくりとまとめるとこうなります。
・医学の進歩、発達とともに発達障害や精神障害など見えない障害が増えている
・いつ不慮の事故や新型ウイルスに感染するかもわからない
・健康な社会になってもそれが住みやすい社会とは決して限らない
・障害がまったくなくなることもありえないし、障害者がまったくいなくなることもありえない
・健常者は障害者の、障害者は健常者の気持ちを一度考えてみてはどうか
これは本当に深く共感できるな〜と思ったのでちょっと持論を展開しやす。
障害者のいない世界なんて絶対にあり得ない
「障害者」の基準について調べてみると面白いことがわかります。
何らかの原因によって日常生活または社会生活に影響の出るような制限を受けている人物のこと。
引用:障害者
注目点はココ! 社会生活に影響が出るような制限。
これ、時代とともに変わっていくわけですよ(笑)
例えば、イノシシなんかを狩って食いつなぐ生活をすることが当たり前の世界に生きていたならば、発達障害とか生まれないことになりますよね。
そりゃ全く何も考えずに狩れるとは言いませんが、現代ほど頭を使う仕事とは思えない。
煩わしい人間関係なんてないだろうし、まずその日食っていくだけで精一杯で、人間関係も家族だけというのがほとんどでしょ。
求められる能力は時代によって変わっていくもの。
過去に障害と言われなかったものが今では障害認定されるのです。
それは、仕事のレベルが上ったり、優秀とされる人物のハードルが上がってきていることにあるのではないでしょうか。
人間が働かなくて良くなっても「障害者」は消えない
これからAIが人間の仕事を奪っていき、ベーシックインカムによって人間の仕事が「消費」することになる世界が訪れたとしましょう。
たしかに、「仕事」という意味ではそうでしょう。ロボットがやってくれますからね(笑)
ただそうなってくると、人間関係は下手くそだけどバリバリ仕事できるから上手に使えば最強の武器になると言われていた人は、仕事のなくなった世界で「障害者」になります。
ロボットがお金を稼いでくれるので、消費することが私たちの仕事になると書きました。
結局人との関わりはなくならないんですよ。人は人と関わり合いたがります。寂しいからね。
そこで必ずコミュニケーションが発生しちゃうんです。
仮想現実という世界はコミュニケーションはより難しくなる
いいえ!w
私はVRを実際に体験してきましたが、あれはもはや仮想世界とは言えません。
ディスプレイの中の現実世界といったほうが適切です(笑)
引用:SONYストアでPlayStationVRを体験!やっぱりVRは、精神科医療に導入するべきよ。
つまり、仮想現実の中でも、没入感がすごすぎて遊んでいる私たちは、現実と混同することは間違いない。
混同と言うか、現実だもん。だってどこ見回してもゲームの中の世界なんですよ?
定義上は仮想的な世界ですが、実質現実世界みたいなもんなので、人間関係もそこでまた「リアル」に起こるだけでしょう。
そうなると、現実世界にはなかったゲームの中特有のスキルが増えるぐらいで、コミュニケーションを中心とした人間関係構築術スキルは相変わらず求められるでしょう。
仮想現実で相手の表情・言動のネガティブな信号が隠され、「強制ポジティブ」に変換されるのであれば、なおさら空気を読むということが大切になってくる。
私は、仮想世界では障害認定者がより増えると考えています。
世の中が良くなろうが悪くなろうが、横並びの価値観が変わらない限り障害者は消えない
結局のところ、正常な人間はこうであるべきだ。残りはカス! といった価値観がはびこっている日本に問題があるのです。
それは教育にも問題があるし、私たち個人の勉強不足の問題でもある。
価値観の多様性はすんなり受け入れるようになったほうが良いです。
価値観の多様性を受け入れないと、いつ自分が否定してしまったマイノリティに加わるか、わかりません。
私のように、うつ病は甘えだろ! なんて本気で思っていた人間がうつ病になると、相当落ち込むし死にたくなります。
受け入れられないんですよ。自分が甘えだろ! と、罵っていたひとのなかに自分がいることが。
障害者のいなくなった世界を幸せだと思うのは結構ですが、仮にその世界が存在するなら、自分が存在していない可能性も考えておいたほうが良いでしょうね。