常識を振りかざしていると、思考停止人間になってしまいますよ。

常識とは便利な言葉です。

そこに全てを内包して何かを隠すこともできます。

常識で物事を片付けると、たしかに楽ですが、何も考えない人になってしまいそうで怖いですね。

常識について

昔の常識は今の非常識

昔は「運動している時に水は飲むな」と言われていました。

私も中学校時代、真夏に剣道をしていたとき、脱水症状と思えるようなものを気合で乗り切ろうとしていました。

しかし今では「こまめに水分を補給すること」が推奨されています。

このように、”常識”などというものは簡単にひっくり返ってしまいます。

常識で包み込んでしまう

突き詰めれば「常識」を知っていることが「常識」と言われる世界です。

まるで暗黙知。

常識は、言語化されていないことが多いです。

つまり、常識について説明を求められても、説明できないという人が大半なんですよね。

私も例外ではありませんが…(笑)

常識は本当に正しいのか?

過去に私は、常識は守られるべきものだし、誰もが等しくそれを受け入れるべきだと思っていました。

でもどうしても違和感があったんです。

常識って本当に正しいのか?と。

でも、常識を作ったのも、常識を暗黙知としている人間なんですよね。

そもそも論として

常識を作ったのも”人”

人間は元来、利己的な生物です。

その前提のもと考えると、常識を作った人もまた利己的だといえます。

つまり、常識は誰かのために都合良く作られた可能性が高いと私は考えます。

誰かのために作られた常識の中で

つまらない民族

日本人は特に同調圧力が強いですよね。

個性重視の褒める教育に変わったとはいえ、本質は変わっていないように感じます。

埋没する個性

興味があるなら習ってなくても自発的に学習するべきだと思います。の記事でも取り上げましたが

このような現状が教育の世界に浸透している以上、本当の個性など生まれてこないでしょう。

常識を無条件で受け入れる

搾取される道へ

常識を疑う事を忘れてしまうと、誰かのために作られた常識の中で踊ることになります。

自分のためではなく、誰かのためにダンスを踊り続けるのです。

好きでもないダンスを。力尽きるまで。

時給で働く

搾取され続けるというのは、楽な側面もあります。

言われたことを実行し続けていればいいだけなので、難しいことは考える必要はないですね。

ただし、言われたことを確実に実行するのはコンピュータのほうが向いています。

常識の外へ

コンピュータの進化で、ロボットに仕事を奪われる可能性が現実味を帯びてきてます。

いまだ常識のダンスホールで踊り続けている方は外に目を向けた方がいいでしょう。

簡単な仕事がロボットに置き換わったあと、仕事の価値は仕事の内容よりも個人に移っていくと思います。

そんなとき価値を発揮するのは個性でしょう。

個性は常識のダンスでは生まれません。

常識を疑い、自分の内なる声に耳を傾け、新しいジャンルのダンスを踊ってみてください。

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