ニートでもハッピーな人間って存在するの? ヒトは罪悪感に駆られる生き物だからそんな人は居ないと思ってた。

どうも、メンタルヘルスブロガーのほっしーです。

ほっしー
ニートでハッピー? 全く想像できないぞ…

想像できますか? ニートでハッピーな世界観…。

バカにしているとかではなく、わたしには純粋に想像できない世界だったのでちょっと考えてみました。

 

自論:ヒトには罪悪感があるからニートでハッピーな世界は存在しえない

わたし自身がずっと抱えている罪悪感のひとつに、人と同じようには働けないというものがあります。

だからこそこうやってブログを書いたり、ライターとしてフリーで稼いでいるわけですから。

ほっしー
稼ぐことによってその罪悪感を払拭することに一所懸命になっている部分も否定できねぇな…

ニートでハッピーな世界観を肯定することは、自分のフリーランス人生を軽く否定するような気がしたのでツイートに反応したのかもしれません。

 

ハッピーに生きているニートがいた…!

稼いでないからクズなんてことは思いません。

稼いでなくたってその人の価値は何にも変わんないですから。

ただそれは他人の話で、自分には適応できないルールになってますw

ほっしー
本当はもっと働きたかったのにうつ病になってしまった…なんて情けない人間なんだ…

こういう思考がどこかあたまの片隅にこびりついているのかもしれないなぁ…。

 

ニートでもハッピーな価値観は世間では簡単に受け入れられないだろうなぁ

これは世論なので、実際はどうでもいいことです。

ただ、人はやっぱり世論に動かされるので、ハッピーなニートが市民権を得るには相当な時間がかかると思ったほうがよさそう。

いやほんとにそうで、自分の「労働」に対する価値観は精神疾患になってもアップデートされてないんだろうなぁと実感しました。

現時点ではまぁ、日本社会にはマイナスかもしれませんが、「ニートでもハッピー」という精神は大切にしたほうがいい。

素直にうらやましいです。

人生なんて、楽しんだもの勝ちだからね。

 

結論:社畜精神が抜けていない可能性あり

システムエンジニアとして精神をすり減らして社畜はダメだ…という経験をしたのに、その感覚が抜けてないのでは…(笑)

ニートでもハッピー♪

という人に対する嫉妬だったのかもしれません。

この議論を通して、phaさんの本をもう一度読み返したくなりました。

人間が人生で成し遂げられることなんて、頑張っても頑張らなくてもあまり大差ない。何かをちょっと成し遂げたとしても、どうせ五十年先にはほとんど忘れられている。仕事のために人生があるわけじゃなくて、人生の彩りの一つとして仕事があるだけだ。

要は、世の中に本当に絶対にやらなきゃいけないことって別にないから、基本的には好きなこととかやりたいことだけやればいいと思う。嫌なことをずっとやってると体を壊して病気になって早死にするから、しんどいときは逃げればいい。自分が逃げたとしても大体の場合は何事もなかったように世の中は回っていくものだ。