外に不幸の原因を押し付けてる以上は何者にもならないだろうね。
— 星野 良輔@双極性ブロガー (@hossy_fe_ap)
って言いたくなる気持ちは痛いほど分かるんですけど……それじゃ、な〜んにも変わらないんですよね。
皆さんはどうでしょう?なにか嫌なことがあったときにマイナスな言葉を吐くことによって気が紛れたりするのでしょうか?
私は逆なんですよね。自分で自分を蔑むような感じがして、自己肯定感が下がって自信がなくなります。
だから極力言いたくないですね〜。
同時に、外に対して原因を追求する場合は、ずっとその出来事を受け入れることができません。
受け入れるところから始まるんですよね。なにもかも。
プライドが邪魔している
精神疾患になったことも、まずは受け入れないと何も始まらない。
というか、受け入れられないというのは、無駄なプライドがあるからなんだよ。
自分はもっとできるはずだ!っていうね。
— 星野 良輔@双極性ブロガー (@hossy_fe_ap)
ある本の一節「人間は基本馬鹿なんだから、プライドを持つなんて無意味ですよ。」
まさに。
— 星野 良輔@双極性ブロガー (@hossy_fe_ap)
つまり、何かを受け入れられないということは、自分が馬鹿だと気がついていない痛い人ということになってしまいますな……。
— 星野 良輔@双極性ブロガー (@hossy_fe_ap)
何にしても、受け入れられないということは、自分のプライドが邪魔をしているということ。
現時点の自分の立ち位置をしっかりと把握して、力不足だと感じるところは認めなければなりません。
そうしないと、今自分に必要な物が見えなくなってしまいます。
そして、プライドは時として、マイナスな意味での人生の諦めとして使われることもあるので要注意です。
自分を高く評価し過ぎなのでは?
どうせ、ぼくらは何者にもなれません。
だから、まずは「諦め」を持ちましょう。
事実、99.9999%の人々は、歴史に名を残すこともなく死んでいきます。100年前に死んだ祖先のことすら、ぼくらは知らないじゃないですか、
だから、自分がどう生きようが、気にする必要はないんです。
極論ですが、本当にそのとおりであって、これまで何千億という人間が生まれては死んでいく中で、歴史に名前を残している人って何%ぐらいなんでしょうね?
ちゃんと調べたわけではありませんが、宝くじの1等が当たるより、少ないんじゃないでしょうか?
世間を騒がせまくった殺人犯でさえ、歴史に葬り去られていくわけです。
そんな無情とも言えるような世界に生きている以上、悩んでいることすら無駄なような気がしてきますね(笑)
あまりに極論的な話ですが、自分ばかりに集中して視野が狭くなってしまったときには必要な考えかと思います。
受け入れて進め。
何をやっても、何をやらかしても、何も残らないのであれば、自分が楽しいと思うことをとことん追求する生き方以外考えられませんね!
私もくだらないことで悩むことはあります。人によってはとるに足らないようなことで……。
しかし、考えていても答えはすぐに出ないので、問題があるということを受け入れて、行動するように心がけています。
すると、いつの間にかその問題自体が解消してしまったり、ひょんなところから解決策が転がり込んできたりします。
人生を複雑にしてしまっているのは、自分自身かもしれませんね。
人生は諦めが肝心というのはこういう意味なのかも。
あんなことがなければ俺だってもっとうまくやっていたのに!
くそー!こんなはずじゃなかったのに…。もう俺はダメなのかな。