うつで人生終わったと思ってから4年が経った

「うつ病ですね。すぐに休職してください。」

忘れもしない。

2014年の9月18日、精神科医の言葉だ。

診断書

まだ少し暑さが残るこの日、分厚い雲が空を覆っていたことを覚えている。

昼間なのに世界が暗く見えたのは、雲のせいだけではないかもしれない。

 

帰り際、電車のホームに立つと、死ぬ気なんてないはずなのに吸い込まれそうになった。

まるで、ホームが斜めに設計されているのでは?と勘違いするほどに。

まるで、電車がサイクロン掃除機にでもなったかのように。

 

無意識に死のうとする自分を守るため、自室に引きこもることにした。

精神科医の言葉通り、休職することにした…が、どのような運びとなったのかはよく覚えていない。

上司に相談をした記憶はあるが、ここもあいまいだ。

あとから聞いた話だと、見たこともないほど泣きじゃくったり、もう死にますと言ったり、ずいぶんと「ヤバイやつ」に見えたらしい。

 

カーテンを開けることも忘れ、

食事をすることも忘れ、

なぜいま自分がここにいるかも忘れた。

いつも同じ場所に寝ていて、寝返りすらも打っていなかったのではなかろうか…

寝ながらTV見るだけの生活

バグったゲームのように、ベットの中に体がめり込んでいくかと思った。

溶け込んで人知れず消えてしまいたいと思った。

 




自分をゴミだと思い続けた、どん底の生活

星野良輔ベッド

会社から「実家に帰りなさい」と言われた。

その宣告が、私を少しだけ救ってくれた。逃げることが社会的に許された気がしたからだ。

自分で逃げるわけではない。会社が帰れと命令したのだ。

 

両親は快く迎えてくれた。少し気を遣い過ぎているように見えた。

無理も無いだろう。息子がうつ病になって帰ってきたのだ。

実家に帰ると心が安心したのか、急性期からは抜け出すことができた。

さらに、転院先の精神科が当たりだった。

 

少し回復をすると、現実という名の絶望が襲って来た。

  • 将来はどうするのか?
  • 貯金はいつ尽きるか?
  • 復職するのか?しないのか?
うつ急性期というのは、考える力も失われる。

現実を見る力も、考える力も何もなくなってしまう。

それはある意味では救いだ。現実を見なくてよいのだから。

 

少し回復して思考力が戻ると、考えなくて良いことばかり考えるようになる。

精神的に不安定なのは、最も状態の悪いときよりも、少しだけ上がったときだった。

 

うつ状態のまま、情報発信を始める

現実逃避をするように、病み垢を作りツイッターに入り浸る生活が始まった。

自分のことをわかって欲しいという気持ちでスタートさせたせいか、他人との衝突も起こしたことがある。

なかでも、オープンなツイッターよりもクローズドなLINE、Facebookグループなどで痛い目を見た。

メンタル疾患持ちの人がクローズドなコミュニティに集まると、衝突が起きやすい。

みんな承認欲求が強く、飢えているのだ。愛に。承認に。

 

また、この時期に病み垢はたくさんあるけど体系的に情報がまとまっていないことに気がついた。

メンタル疾患に関する情報サイトやブログはいくつかあるものの…

  • 読みづらく、情報の古い個人ブログ
  • 社会への不平不満しか言わない個人ブログ
  • 絶望の吹き溜まりのような体験談サイト
  • 専門家が何言ってるか分からない難しすぎるサイト
とにかく読んでいて、有益だと感じられなかった。希望がない。

「だったら自分でつくろう。」

2015年10月1日、当ブログが産声を上げた。

ブログ

過去のブログトップページ

 

速攻でウザいコメントが付いた

星野良輔 黒歴史 ネガティブ

最初に書いた記事に対して、いきなりアンチコメがついた。

「まだまだ勉強が足りないね。これ、本からの知識書いてるだけだよね?自分の考えも書かなきゃ。」

今なら「うるせーよ」で済ませることができるが、当時はひどく落ち込んだ。

そのあと2-3日は書けなかったし、やめようかとも思った。

 

もともと文才があったわけではないし、学生時代も現国が得意だったわけでもない。

自分に才能がないことは分かっていたけど、ここまで価値がないのかな…と思った。

今にして思えば、たかだがちょっとしたウザいコメントがついただけなのに、ここまで考え込んでしまったのだ。

まさに、メンタル疾患持ち特有の認知の歪みというやつだろう。

 

それでもなぜか、続けることができた。

いまにしておもえば、病んでいてもTwitterをやっていたぐらいだ。

当時はすることがないからやっているだけだと思っていたけど、書いたり発信することが、好きだったんだろう。

今でも、休もうと思っても休むことができない。もはや情報発信は歯磨きやお風呂と同レベルになっている。

 

少しずつ、評価され始める

手ごたえを覚えたのは、ブログを始めて2年が過ぎてからだろうか?

  • ブログ読んでます!
  • 相談したいのですが…
  • うちのサイトで書いてみませんか?
などの話が増えていて、だんだんと社会的に認められつつあるような気がしてきた。

 

そして好かれるということは常に嫌われることとセット。

アンチの存在も増えてきた。

2ちゃんねるには個人スレッドが立ち上がるなど、良くも悪くも盛り上がりを見せてき。

 

このときはすでに、アンチの扱いには慣れていた。

なにしろ、悪口を言っている人がとっかえひっかえ変わっているだけで、言っている内容はいつも同じなのだ。

悲しいことに、その内容は100%が嫉妬。自分のほうが優秀なのに…という悔しさがにじみ出ている。

相手にしないことが最高の答えだ。同じ土俵には立たない。

 

余談だが、悪口を言われている人の評価が下がることはない。

これは心理学的な実験でも証明されている。

イベントに登壇する

ブロガーとしてブロガー向けにイベントに登壇することはあった。

が!私が発信している内容はメンタルヘルスに関すること。

メンタルヘルス関係でのイベント登壇は2018年5月26日が人生初。

うつ病になってから約3年半、ブログをスタートしてから約2年半でのことだった。

当事者の真剣な眼差しにはかなり緊張した。

ブロガー向けのイベントとはやはり空気感が違う。

ほっしーが仕事をしている様子

ブロガー向けは良くも悪くもゆるい

うつ当事者のイベントでは、福祉関係者や、学生さんも見に来てくれていて、重要性と注目度を感じた。

自分でイベントを設置するのは大変すぎるので、お声がかかることがあればまた登壇したいと考えている。

 

本の出版にこぎつける

うつ病当事者イベント登壇の数日前、一生忘れることがないであろう1通のメールが届いた。

一生忘れることのできないメール

ブロガーなら、自分の本を出してみたいと思う人はたくさんいるだろう。

ブロガーでなくても、本を読むことが好きなら同じように感じるかもしれない。

書くことを生業としている私にとって、自分の紙の本が出来上がるかもしれないことは、とても大きな意味を持つ。

しかも、自費出版ではなく、商業出版だ。調子に乗って作家と名乗っても少し怒られる程度であろう。

 

もちろん、全てが実力でうまくいっているなんて思ったことはない。

江戸後期の肥前平戸藩主に松浦静山という人の言葉で、以下のような言葉がある。

勝ちに不思議の勝ちあり 負けに不思議の負けなし

つまり、多くの運の要素が含まれていることをしっかり意識しておかねばならない。

 

しかし、何もしなければ出版なんて到底できないことも事実。

私には何も実績がなかった。でも、みんながブログに飽きてやめていく中で、1つの分野をずっと続けてきた。

 

人生は本当にどうなるかわからない

診断書

この診断書をもらったとき、死刑宣告のように思った。

とにかく優秀な人間に憧れていた私は、社会のレールから外れるというだけでもう耐えられなかった。

診断が出ると安心するという人もいるらしいが、私の場合は真逆。

診断前の症状が10だとすると、一気に100まで落ち込んだ。

そこからは本当に、牛歩のように、亀のように歩みを進めてきた。

 

「こんなスローペースで人生が変わるのか…」

 

と、本気で悩んだことがある。いや、今でも悩むときもある。

だけど、速いペースで走れない人間は、遅いペースで走るしかない。

まずはスローペースで。とにかくスローペースでいい。

自分にとって、ほんの少し頑張ればできることから始めよう。

その基準は自分で決めよう。

ほんの少しでもやっていれば、人生は開けてくるはずだ。

スポンサーリンク

こんな記事はどうですか?



うつ病と言われて4年

心理学やメンタルハック(心の分析、改善)が大好き。

新卒でIT企業に就職 → 半年でうつ病 → フリーランス。

ブログを仕事にして(月間30-35万PV)お金を稼ぎつつ、本を読み漁ってます。散歩は行くけど、ほとんど引きこもり。

新しい時代の働き方・生き方をメンタル疾患持ちの視点からお届けします。

2018年10月に、本を出版予定!

 

詳細プロフィールはこちら

Voicyでラジオ放送してます

LINE@もやってるよ

元気になれるInstagramはこちら